小説

□TЯIDENT(前)
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「何で…エトマさんはここにいるんです………?」
 バレンの部下であったエトマさんにも同等の報酬があってもおかしくない筈。なのに今彼はここでひっそりと小さな自営業を営んでいる。
何故。
 
この後彼は続いてこんな逸話を切り出してきた。
 人の歴史上、暗殺という行為は五萬と行われてきたが多くのケースにおいて共通して言える事があるらしい。
 犯人が行方不明になっている。
 エトマさん曰く、犯人もまた別の誰かに暗殺されているからだとか。
「………口封じ?」
「人を殺しておいてまだ良い子ちゃんでいたい連中からしてみれば暗殺が終わった後のオレ等の存在は未処理の爆弾の様なものだ。その口が何を喋るか分からない。だからさっさと殺すのが一番なんだよ………」
 …やはりさっき言った三人しか残っていないというのは皆、バレンに殺されてしまったから?私がそう質問するより先に彼の口が動いていた。
「とは言っても当時のオレには逃げる事しか出来なかったがな」
「…というと、当時から彼の事怪しいと思ってたんですか?」
 たりめーだろ、と罵る様に返された。
「会議中にくどい位に、成功時の甘い報酬の分け前の話をさせられたよ。だけどいざ、仲間を裏切ろうとする奴の口から出る言葉のどこに反故しない保障があるよ?小隊の中でも三割は奴を信頼してなかったよ」
 その後彼は棚から数枚の紙を取り出し、無造作に私の前の机に広げた。
「リストだ。ここ数日で調べてきた。上から五人がその三割の人間だよ」
 見てみるとそこには『名前』『死因』という二つの項目で構成された殺風景な表があった。リストの一番上の五人が三割って
「五人とも………死んでる?」
それだけじゃない。五人の下にも二十程の名前と死因が連ねてある。
「奴らは当時、バカ正直にバレンを信じてついて行った連中だよ」
 背筋が凍りついた。数えてみると総勢二十九名のリストだった。小隊といえば大体三十名程で構成されているらしいから…
 ほとんど死んでいる。
しかも例の五人の死因は揃って『行方不明』その下の二十数名には『病死』『事故死』『戦死』この三つの単語で表は構成されていた。
「これって…」
「奴が暗殺して適当に情報操作したに決まってるだろ」
 だったらこんなに綺麗に揃うはずがない。
恐らくこのリストの人達も私達の様に偽の信頼を植え付けられ、あるいは高い報酬は手にしたがそれより上の権力で押さえつけられ、その手の中で飼い殺し、死因も闇に囲われた。
 そしてその人間が次に、いや恐らく最後に目を付けたエトマさんだ。十五年前亡命し、現在唯一の実行犯の生き残りの抹殺。このリストの人数を見るからにかなり手馴れた動きで事を運んでくるだろう。
「やめましょうよ…この依頼…」
「………何で?」
「何でって、わざわざ殺されにいくようなもんですよ!それより今度こそ情報を割られないように逃げた方がいいですよ!」
 それこそ悪手だろ、と彼は流し目で私を見た。
「国単位で操作されたらまた割られるのが関の山だ。それよか攻めだ、奴の弱みに付け込んだ方が可能性があるだろ」
「弱み………?」
「奴は昔から詰めが甘いというかこの業界にあるまじき雑な人種なんだよ。ただ権力に溺れてるだけ。このリストだってアホ丸出しだろ。バカの一つ覚えみたいな死因で怪しいと思わない方がおかしいだろ」
「確かに…言われればそうですけど………」
「搾り取るぞ。逃亡するにしても奴に適当に仕えているフリして金と盾になるような情報掴んでからの方が良いだろ。それとも何か?自信がないのか?」
 そう言ってエトマさんは愛用のデザートイーグルの銃口を私に向けた。
「だったら今ここで殺してやる。どの道そんな精神じゃオレにもとばっちりくるからな、社長として最低限の慈悲だ」
 その時私はすぐに返答出来なかった。バレンという国とやり合う自信がなかったのもそうだが、それと同等の重圧を感じていたからだ。
 多分初めてなのだ。子供の頃、行く場の無かった私は彼に拾われ、この業界で修羅場や人を殺めた経験を沢山してきた。
けどいつだって完璧な彼には私という存在はお荷物扱いだった。恩返ししたいという気持ちは空回りしてばかりの日々。
が、今は違う。
敵は巨大、私がしっかり囮役をしなければ彼は殺されてしまうのだ。
言うならばやっと彼の背中を預けて貰える依頼に巡り合えたのだ。
「………やります。絶対この依頼、成功させましょう、エトマさん」
              

                     ※
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