小説

□Over The Horn そのA 翔
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私が次に意識を取り戻した時、ベッドの上にいた。
隣で私を看護してくれていたチヨキチの話しによると、元の世界に戻れた安心感により気を失ってしまったらしい。
そして彼の母、鬼俵結鬼さんが経営する、郊外の病院の元へと運ばれただとか。
それが、私が目覚めて結鬼さんのカウンセリングを受けた後に初めて伝えられた現状だった。そして
「…夢じゃなかったのね」
 放心と傷心が混ざり合わさったような溜め息をし、しばらく沈黙した。
 出来れば、あの悪夢のような事が本当に夢だったらどれほど良かったかものか。現実から逃げるような甘い願望を、私は何度も心の中で反芻した。
「いやーよかったね、ルルちゃん。無事で何よりだよ。あんな暗い所でぐったりしている君を見た時は心臓が止まるかと思ったよ。大丈夫、父さんなら必ずあんな変態倒してくれるって!」
 そう、現実逃避をひっそりと行いたい私の気も知らずに、いつもの無粋で空気の読まないマシンガントークが飛んでくる。
 ああ、いつものチヨキチだ。本当に現実なんだな、ここ。
「こら、チヨ。ルルちゃんの気持ちも考えてあげなさい。今は彼女の気を休めることを優先よ」
 そうウェーブのかかった栗色の長髪が特徴的のチヨキチの母、鬼俵結鬼さんが息子を諭した。
 昔、中学校の三者面談の時にチラリと見たことはあるのだが、相変わらずこんなでっかい子いるは思えない程、若い見た目に素直に関心してしまっていた。
 おっとりとした風貌だが、その歳で医院の長を務めるしかっりとしたお方。
 ああ、こんな方からどうやってあのヘタレが産まれるのかしら、と失礼なこと思いつつ、不意に彼女の頭部への視線が向かってしまった。
 最近桃太郎だとか、チヨキチ、ランタさんなど変わった頭部ばかり見ていたせいか、頭部の左右辺りからきちんと上を目指して生える二本角を見て、妙な懐かしさを覚えてしまった。なんか久々に普通の鬼に会った感じだ。
「ああごめんね、母さん」
「謝るのはルルちゃんでしょ」
 そんなやりとりを見て、私は一言呟く。
「あんた、家でもそんなポジションなのね…」
「そんな、ルルちゃんまで!」
 耳馴染みな叫びがして、ふふ、と結鬼さんが微笑んだ。
「…本当にチヨキチなのね、あの時助けてくれたの」
 彼の叫びが、私を現実に引き戻させた。そうだ、夢だとか傷心だとか言ってられないんだ。進展の話をしよう。
「ルルちゃん…でも」
「受け止めるから」
 意を決した思いが伝わってほしい。そんな目線でチヨキチを見つめた。
「確かに桃太郎なんて存在、思い出すだけでも吐き気がするわ。でも奴は言った、この時代に来たのは私がいるからって。私のせいでランタさんが危険な目にあっていると思うと、それこそ気が気じゃないわよ。それに…」
 今度ははっきりと奴の顔を脳内で思い浮かべた。不健康そうな体格、気持ちの悪いニタリ顔、次に会った時に躊躇なくぶん殴ってやる部分を決めるために。
「あいつの言ったことが本当なら、私は桃太郎のことを絶対に許す訳にはいかない。私のせいであんな奴がでかい顔しているなんて耐えられない」
 ギュ、とシーツを握り言った。そんな私を見て、結鬼さんが呟く。
「…あいつがこの時代にきた理由を鵜呑みにする必要はないわ。どの時代でも、桃太郎は自分の手を汚さない逃げる言い訳を用意しているらしいもの。だから気に病まないで」
「…らしい?」
 結鬼さんとそんなやりとりをしていると、心配そうなチヨキチの声が聞こえてくる。
「か、母さん。今はルルちゃんの気を休めることが優先じゃなかったの?」
 チヨ、と物静かに言い、結鬼さんは息子を見つめる。
「…あなたも父さんの息子なら、女の子の気持ちの変化に気付いてあげなさい。…大丈夫よね?ルルちゃん」
 私はチヨキチを見つめながら、音もなく頷いた。
 どことなく困った表情をするチヨキチだったが、
「…やっぱり強いね、ルルちゃんは」
 と言い、今度は親子でアイコンタクトを取り合っていた。
「あなたの口から伝えてあげなさい」
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