小説

□Over The Horn そのB 天
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 ランタさんからの手紙を受け継いだ後、私は搖動作戦の準備。チヨキチはランタさんの文献を参考にウイルスの改良。そして結鬼さんは、本に記載されていた新しい武器の開発と例の真空パックの解析に勤しんでいた。
 ランタさんの無念を晴らす。
 全員がその一心で動いていた。

 そして、運命の日がやってきた。

「お久しぶりですねえ。葛鬼先生」
 私は、再びあの気持ちの悪い笑顔の前に立っていた。真っ暗の空間の中でもなく、『時空波迷彩』の中でもない。青空の下で桃太郎と対峙していた。
 搖動作戦の決行日。時間と場所を指定し、桃太郎へとメッセージを送ったら、奴はやたらと素直にそこに現れてくれた。搖動と分かっての余裕の行動か、それとも…
 そこまで考えて、私は思考を止めた。どちらにせよ、今私がやるのは、一つだ。奴の一言一言に集中しなければ。
「今までどちらにいかれていたのですか?探しましたよ。私のけ…いや『次元創世紀』が快調に進んでいるというのに隣に先生がいないものですから、やりがいがなかったですよ。いやはや、でも先生の元気な姿が見れて感動です」
 今、あからさまに『計画』と言おうとしたな、こいつ。その挑発を無視して私も言葉を返してやる。
「…私も感動しているわ。まさかあんたが素直に『時粒子圧縮空間』から出てきて、現実世界にきてくれるなんてね。上手くいきすぎて疑っちゃいそうだわ」
 もし隣にチヨキチがいれば、『そんな搖動作戦がばれそうな挑発しないでよー』とか大きな声で言いそうだが、恐らくこの程度の煽りでちょうど良いはずだ。
 そう、ランタさんが残してくれたメッセージによれば、奴はわざと隙がありそうな素振りをして対策をちらつかせ、その甘い希望で対策する側を良い気分にさせ油断させてくる。そしてちゃっかり『対策の対策』を用意しているという魂胆だろう。
 だがこれでいい。更に私達が『対策の対策の対策』というメタファーを張っていることがばれないように、私が必死の形相で奴をぶつかるという搖動に徹しなければ。
「…私はあんたの『次元創世紀』を許す訳にはいかない。どんな卑怯な手を使っているかは知らないけど、あんなつまらない作品が流行っていることなんか認めないっ…!」
「ふふ、お言葉ですが先生。それは屁理屈というものです」
 桃太郎は完全に私達を舐めている目線でそう言った。
「いくら先生が認めなくても、現に!漫画市場という自由競争の場において私の作品が売れているという事実。アンケートも常にトップ!我々創作者にとって、読者の評価が何よりなはずですよねえ?」
 負けじと、私も奴に眼を飛ばす。
「あぁん?何が自由競争よ!今や市場の九割の著名があんたじゃない。誰がどう見たって独占でしょ。他の作家にとっちゃ自分の作品作ろうとした時点でアウェイなのよ。こっちは良い自由表現の侵害受けてるのよ!」
「うーむ。そう言われましても。別に私は法を逸脱してる訳でもなく、単に実力でこんな市場になってしまったのですよ。言わば不可抗力。そんな、他の権利があーだこーだ言われましても無害な一般漫画家としては何とも…」
 よくもまぁペラペラと綺麗ごとを並べられるわね、この言い訳大魔王!と心の中で怒りつつ、私は話を進展させる。
「そう…私達は政治家でもなければ神でもない。ただの漫画家よ」
 ビシィ、と奴に指さした。
「市場の縄張り競争は純粋な作品の面白さで勝負する!それで負けたら『次元創世紀』の外伝でも何でも書いてあげるわよ!」
 呆れた顔で桃太郎が溜め息をつく。
「…葛城先生。相変わらず人の話を聞きませんねえ。今の市場がその結果でしょ。私の作品が面白いからそれ以外の作品は削除される。この現状が分かりませんか」
「ええ、分からないわね。だってあんたに市場が支配されている環境でいくら私達が新作出したって、本当に純粋な評価は得られないでしょ?これじゃ不公平よ」
 私は敢えて『本当に純粋な評価』というフレーズを強調して言った。私はお前の作品に組み込まれた仕組み、対応策まで知っているんだぞ。その気持ちが瞳を通して伝わればいい、そんな視線を奴に向けた。
 一瞬だった。なんの前振りなく桃太郎の雰囲気が変わり、あの暗闇の深淵を彷彿とさせる黒目に、縛られた硬直を感じた。そして、私にだけ聞こえるようなボソボソとした声が脳に響いてくる。
「…調子乗るんじゃねーぞ、タコ」
 まるで猛スピードで底無し沼の奥底まで沈められた気分だった。天国でも地獄でもない、沈んでいった者達がドロドロに溶けた空間の中で、まだ下に沈められていく恐怖。土にすら還れない、永遠の狂気が私を支配した。もしあとほんの数秒その中にいたら、私は発狂していただろう。
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