小説

□あくまでお仕事
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 この仕事は友情を売るものだ。
 特に学があるわけでも、大人になって報われるような努力もしてこなかった私にとっては唯一と言える学生時代の資産をお金に還元できる職。
 そりゃ全く悲しくないと言われれば嘘になるけど、感情の問題ではない。
 論理的に考えて(三流高校の落ちこぼれの私がこんな言葉使っている時点で滑稽だけど)『私が私であるための証拠』はまず払うべくお金を払えて言えるものだ。
 生活費、納税、借金、『本当に大切な人間関係を維持するお金』。
 証拠なんてかっこつけた言葉使ってしまったけど、呼吸金と言った方がいいのだろうか。私がここにいて良い理由じゃない。いるために行わなければいけない最低限の自己肯定は、よっぽど傲慢でない限り払うべき金さえ払えば満たせるものなのだ。
 少し残酷かもしれないけど、なんてことない。大人になって振り返ってみればこの国の仕組みは親切な方である。当たり前のように教育を受けて、男女の差が出来るだけ生じないような救済システムがあって、普通にしていれば当たり前に『呼吸金』を払える人生を送れるようになってくれている。
 私には出来なかったけど。
 いや、私だってまだどん底ではない。こうして職に就けてなあなあにして生きているだけでも蓄えられた『友情』を売り物にできるのだから。まだこの国の最低限の救済システムにお世話になる段階ではない。これで不幸といったらそれこそ落ちこぼれになってしまう。
 だから私は売る。
 自分が自分であるために『売ってもいい程度の友情』を還元して、しがない程度の人間らしさを保って夢に向かって生きてやる。
 それのどこが悪いのだろうか。
 何も蓄えてこなかった私の人生がやっと『普通の人間』らしいことを始めたのだ。
 だから時に湧いて出てくる、この仕事を否定してくる連中とは戦うつもりだ。生きるために、普通の生存競争を強烈にするつもりだ。
 お前何かに何が分かる。
 お前との縁が切れてもどうってことないから売ったまでだ。
 もう私にはこうするしかないんだよ。
 大抵の場合はそうヒステリックに叫んでいれば向こうから引いてくれる。
 恐らく今日の仕事もその言葉を使用する『切り捨て』案件だろうか。
『緋ヶ谷星馬』。(ひがたに せいま)
 確か前にセールスした時はなけなしの正義感とか、どっかのネットの書き込みでも見たんだろうなと思える正論を振りかざして断ってきた高校時代の旧友だった。正直『売っていい程度』の繋がりだったから彼個人のパーソナルに特筆するようなことはない。強いて言うなら高校時代の変な子供が大人にもなれずにそのまま大きくなったような奴。だから絶縁したってどうってことない関係だし、また『お客様』になってくれるというならそれはそれでビジネス的に付き合うだけだ。
まあどうやら当人としてはワンクッション置いて出会えばほとぼりが冷めるものだと思っていたかったのだろうか。雰囲気としては復縁の申し出の会合だった。ワンクッションと言っても、前出会ったのが確か十一カ月前という、一年経ち切っていない中途半端なところが実に性格が出ているといったところか。
 分かりやすい男だ。
 男と言うことだけなら、女より腕力だけはあることを利用して暴力的にことを解決しようとしてきた前例はあるのだが、きっとそれ以下の難易度で対処できそうな簡単な奴なんだろう。
 おそらくどーせあれからろくな仕事にも就けずに年だけ重ねて、若さも縁もなくなっていく恐怖に耐えきれなくなって『お友達』を欲している。
 それならそれで好都合。失いかけていたビジネスチャンスがのこのこと復活してくれていたのだから今度こそ丁重に扱ってやるとしよう。
 さてさて鬼が出るか蛇が出るか、『切り捨て』か『お客様』か。緋ヶ谷星馬、お前はどちらの人間だ?

「いんやー久しぶり北里、一年振りくらい?ガハハまあそんなことはどうでもいいや。ちょっと相談にのってほしいんだけど、俺実は今悪魔に憑りつかれててさ、それを利用して金儲けを考えているんだけど、何か良い仕事ない?」
「…は?」
 出てきたのは鬼でも蛇でもなく…悪魔?
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