小説

□デュアル・フレイ
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 私には誰にも言えない秘密がある。

「さて、次の話で最後にしようかニャァ」
 月の位置を確認しているのか、ただ適当に空を見上げただけか分からないけど、ネコさんは目線を夜空へと傾け、ぼんやり呟いた。
「あーあ、もうそんな時間かぁー」
「もっと聞いていたいニャ?」
「正直」

 彼、ネコさんとの最初の出会いは満月の夜だった。

ふと庭を見てみると痩せこけた猫が倒れていた。放っておく訳にもいかないず、かといって猫嫌いの母に知られてはいけないと、私はコソコソと猫を抱えて部屋に急ぎ、夕食の残りのさんまを持ってきて食べさせた。すると
「…ありがとう、お嬢さん」
 喋った。んで
「私は未来から時空旅行に参りました。名はそうですな、気軽に猫さんと呼んで頂けると幸いですニャ」
 なんか凄い単語出てきた。
そんで流暢な日本語だった。
 夢か現実か分からないまま彼の説明を聞いていると、どうやら遥か先の未来では猫でもタイムスリップ出来る技術が普及しいてるらく彼はよくこの時代にさんまを食べに来るらしい。
「む、信じてないニャね」
「まあ、正直」
「まぁ本来一般人にこの事は口外してはいけない規則ニャけど君はニャーの命の恩人ニャ。今回は特別ニャよ」
「以外と簡単に口外してると思うんですが…」
 とかツッコミつつも、猫さんは相変わらず軽快な喋りを続けた。
「ニャにか恩返しをしたいけど過去の時代にものを置いていく訳にもいかニャィし……そニャ!」
 ピクン!と彼は耳を立てる。
「ニャーは毎月、満月の夜にこの時代に遊びに来れるニャ。その度に君に会いに来て色んな世界の旅話をしてあげるニャよ」
 という言葉を残して彼は私の部屋を去っていったのだ。
その場こそ「変な夢でも見ていたのか」と決め付けていた私だったけどその次の月、そのまた次の月の満月の夜に彼はちゃっかり私の部屋に訪れてきた。
 その度に色んな世界の旅話を半ば一方的に聞かせてくれた。
 不気味。
 最初の印象こそ、その言葉でしか言い合わせなかった彼だったが、
特有で滑らかな喋り方
意外と紳士的な姿勢
何より話してくれる色んな世界の話が本当に面白かったのだ。
この際夢でもいっか、と開き直り、もとい前向きに思うようになるのにそんなに時間はかからなかった。
 今ではすっかり彼の話をひっそりと聴くのが私の習慣となっていた。

 そして今宵も沢山の話を聞かせてくれたネコさん。
 だから尚更だった。
 毎回、次の話が最後か、と分かると途端にドキドキと浮いて気分が沈下する感じ。
「何か日曜日の夕方な気分…」
「出来れば今日がもっと長引けばな、って気分ニャ?」
「だね。だってネコさんの話してくれる世界の物語り、面白いもん」
「ニャハハ」とネコさんは目を細めた。何か私面白い事言ったのかな?
「いニャ、失礼。ニャら最後は君に近い存在の主人公の話でもしようかニャ」
「私に近い存在?」
それはとても平凡という意味?それとも私の様な子供のお話?
「これはニャーがとある世界で出会った恩人の物語りニャ」
「恩人…さん?」
「そニャ。ニャーはその恩人にとても美味しい料理を食べさせて貰ったニャ。それはそれはこの世のものとは思えぬ味ですぐにニャみ付きになったニャ」
(ああ、病み付きね)
「じゃあその人に感謝しなくちゃね」
「ニャーもその恩人にお礼を言いたかったニャ。けれどお礼を言いにもう一度恩人…彼女の元へ行った時、彼女は既に亡き人だったニャ……」
「え!?」という反射的に出た声と共に私はネコさんに問いかけていた。
「でもネコさんは時間移動が出来るんでしょ?なら過去とかに行けばその恩人さんに会えるじゃない」
「会えない事はないニャ。けど一度時空移動してしまえば時間軸は微妙にズレてしまうニャ。時の流れは分岐を繰り返す川の様なものニャ。ニャーに料理くれた恩人の時間軸は宇宙でたった一本しかニャく、同時にその恩人も唯一の存在ニャ。一度時間軸がズレてしまえばもう元には戻らないニャ」
 彼の言葉を少し頭で整理して、私は出来るだけシンプルに答えてみた。
「時間移動とか無しで、ちゃんと会ってお礼言わなきゃ意味ないの?」
「それが誠意というものニャ」
 時間移動もそんなに便利じゃないんだなと察しつつ、私はしんみりした。
恩人と会えなかったネコさんの切なさを思うと。けれどその想いは、次の彼の言葉で刹那のものとなった。
「だからちょっくら霊界まで行って会って来たニャ」
「にゃんですと!?」
 彼曰く、時間移動を応用すれば別の次元にいけるらしい。
例えば霊界、あの世にまで行けるとか。
 なんでもありなんかい。っていうか…
「会えるじゃん、その人と!」
「でもやっぱり生きている内にお礼したかったニャー」
 そりゃそうだけど…と改めて未来の科学のスケールの大きさに呆れる私。
「でもそれでちゃんとお礼出来たニャー」
 しかし、そうやって本当に嬉しそうに彼が笑うものだから、私も思わず
「良かったね、ネコさん」
 と笑みを返した。そして今度はその笑みを私自身、ふとした疑問で消してしまう事になった。
「…ん?でも待って。死んだ人、幽霊さんに対してお礼って、何したの?」
 ありがとう、とか感謝の言葉を伝える、これが私の理想の彼の返答だった。
「ニャハハハ、死んだ人に対してのお礼と言ったら未練を払ってあげる事と相場は決まってるニャよ」
 と笑いながら言う彼に、私は再び同じような笑みを返せなかった。彼とは対象に引きつり、汗ばんだ顔で言った。
「未練って……何?」
私、川原流奈に陽気なネコさんは最後の世界の物語りを語り始める。
 恩人、内籐空さんの未練の物語り。          

デュアル・フレイ
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