小説

□TЯIDENT(前)
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「罠…ですか?」
「たりめーだろ何年この仕事やってんだお前」
 相変わらず口悪いなー、と思いながらも、それよりも圧倒的に気がかりな用件を私は尋ねた。
「何で今回の仕事が罠だって分かるんですか?」
「いい加減仕事を覚えろとは言わんが漫然と仕事に受身になるな」
 いいか、という言葉に連動する様に彼はドンと事務所の机を叩いた。
「どう考えてもおかしいだろ。何で超小規模企業のオレらが国からこんなでかい仕事くるんだよ!税金でやれよこんぐらいのことよぉ!」
 超小規模企業…彼、エトマさんはよく私達の仕事をそう表現するけど私は今だにその言葉に慣れない。従業員は私とエトマさんの二人だけだし、そもそも私は彼にとってバイト、雑用みたいなもんで、営業も技術開発も事務、その他諸々全て彼一人の活動に過ぎない。
企業なんてそんな大層な組織を指す単語を使われては少々恥ずかしいというものだ。
「そ、それはやっぱりエトマさんの優れた技術力が国にも評価されて…」
「ほぉー」とやるせない反応を彼は私に返した。
ああっ、このリアクション、きっとまたいつのも様に私を小馬鹿にしてるんだろうな。
「まぁ半分正解だな」
「ええ!?そうなんですか!?」
 予想外の返答に私は声をあげた。けど何故半分? 瞬時に浮かんだその疑問の補足をするかの様に彼は続けた。
「ただ評価されてんのは技術じゃねぇ…恐らくオレのネームバリューだ」
「ネームバリュー?エトマさんその国だと有名なんですか?」
「…お前にはまだ話してなかったな」
とだるそうな挙動でエトマさんは依頼書を改めて私に見せた。
「オレ、前はこの国の機関で働いていてな、今回のヤマもそん時オレが世話してやった奴からの依頼なんだよ。『またあなたの力をお借りしたい』だとよ。御丁寧に季節の御挨拶から始まってやがらぁ」
「でぇぇぇ!?物凄い役職じゃないですか、それ?」
 私もこの仕事に就いて長いこと経つけど未だに彼の過去の経歴に驚かされるなんて日常茶飯事だ。
 あれ?でも待てよ。
依頼主が彼の知り合いなのに…罠?それって…
「まさか」
「やっと気がついたか」
手に持っている依頼書をいつのまにか紙飛行機に折っていたエトマさんはピューとそれを宙に放り投げた。
「ネームバリューってもオレの場合悪名だ。恐らくこの依頼自体はでっちあげ、オレを誘き寄せるための釣り餌だろう。旧友だとか依頼主だとか仲間面利用して後ろからオレを撃とうっていう魂胆だろ。あいつがオレを殺す動機なんて腐る程あるし」
 …案の定というか、一瞬でもエトマさんって国から評価される凄い人なのかもと期待した私が間違っていたのだ。
「あんたその国で何しでかしたんですか………ああ、また面倒くさい仕事になりそう………」
「いつもの事だろ、慣れろ」
 そう慣れだ。私達の仕事は大衆名誉だとか尊厳といった概念から最も離れた所に位置する職。誰から恨まれようと裏切られようと文句はいえない。
 
殺し屋。
 人を殺める事を生業とする、最低な職業なのだから。
 
TЯIDENT
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