小説
□TЯIDENT(後)
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暫くして背後からこんな声がしてきた。
「ねぇ…お姉ちゃん?」
まるで壊れかけた人形の様な挙動で私は振り向いた。
「なに…?セナ」
私を見て少しビクついた反応をしてから、セナは言った。
「も、もう三十分位経つけど、連絡終わったの?」
体に残っていた電流の残り香が吹き飛ぶ感覚に襲われた。
しまった、もうそんな長い時間放心していたのか。馬鹿か、私は。
「早く…」
ダラリとしていた身体に生気を入れ直し、腹に力を込めて言った。
「早く…ここから逃げなきゃ…」
「ええ!?どうしたの?お姉ちゃん?」
岩陰に向かおうと駆け出そうとすると、そうセナに呼び止められた。
「あ、お姉ちゃん、今夜はもう皆疲れてるし、ここで宿をとった方が…」
「そんな悠長なこと言っている場合じゃない!」
顔に汗を垂らしながら、セナに言葉をぶつけた。
「来るんだよ!ここに化物みたいな暗殺者が!一秒でも早く逃げなきゃ」
セナの顔も、恐怖によって滲んでいくのが分かった。
「ええ!もしかしてさっき私達を殺そうとしてた人達の仲間?さっきの電話ってそれだったの?」
待っててお姉ちゃん、なら私がみんなに知らせてくるよ!そういってセナは岩陰に向かって走っていった。
「はっ!」
冷静になった私はこの思考を巡らせてしまった。
意味がない。
今私達のいるこの逃走ルートはエトマさんも知っている。ならどこに逃げるというのだ。
仮に彼から逃げられても妹達の命を狙っているのはそれだけじゃないのだ。
まだバレンもいる。奴にとってこの事件で生き残った彼女達も闇に葬るべき対象だろう。私に彼女達をバレンから匿って生き残る力はない。
彼女達が社会的に殺されるのが目に見えている。
「遅くなってごめーん、みんな連れてきたよー」
と笑顔を向けてこちらに近寄ってくるセナを、私は茫然と見つめた。
もうこの子達に、生き延びる術はない………?
「…お姉ちゃんどうしたの?」
心配そうにこの言葉をかけてくれるセナに、私は焦点を合わせることが出来なかった。目の周りの筋肉だけ力を入れた表情でこの言葉を脳内でグルングルン繰り返していた。
どうすればいい…
「お姉ちゃん、準備できたよ…」
私は何をすべきなんだ。
「………?」
そもそもあの連絡は本当にエトマさんからだったのか?
「お姉、ちゃん………?」
「…セナ」
一つの決心がつき、私は表情を変えずに声を出した。
「な、何?お姉ちゃん」
「やっぱり中止だ。みんなを元の場所に戻してきて」
「ええ?でも敵が来るんでしょ」
想定されていた質問に動じず、同じリズムで応答した。
「冷静に考えたら今ここで下手に動く方が危険だ。このまま身を隠していよう。それが一番安全だ」
「…でもすごく強い敵なんでしょ?」
「大丈夫」
相変わらず焦点を合わせられないながらも私ははっきりと答えた。
「私が死んでもお前達を守る。だから安心して隠れていろ、いいな」
「う、うん。分かった…お姉ちゃんがそう言うなら…」
そう言ってセナ達修道女一団が岩陰に戻って行くのを私は見守った。