プリキュア創作

□スランプさあや
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 その日から私の演技は乱れてしまった。
 ドラマのリハでは失敗してばかりだし、本番でもみんなに迷惑ばかりかけてしまった。
 …今までは誰かに望まれている演技を、自分一人の世界でやっていれば良かった。
 私なんてどこにでもいるような女の子、誰もみてくれるはずないのに。
 どこかでほまれに見られている。
 そう意識するだけで体に変な力が入ってしまって上手くできないでいた。
 …これが本当のプレッシャー?ほまれは私にどんな演技をしてほしいの?
薬師寺さあやの演技って…何?
…ほまれには少し時間を置いて考えようって言われたけど、私の思考は一向に堂々巡りをしていた。
「うーん、さあやちゃん、言いたくはないけどオブラートに包んで言うならスランプだね、君」
 …ドラマの監督さんにもそう言われてしまった。
 …けど『スランプ』という言葉にはどこか違和感があった。私のこれはそんな上等なものではない。そういうのはもっと、ほまれみたいに一生懸命何かに取り組んでいる人に起きる現象だ。
 …私のこれはとても『一生懸命』ではなかった。
「…監督さん、それはちょっと違うわね」
「あ、薬師寺れいらさん?」
「…って、お母さん?」
 …どうして?撮影現場は離れているはずなのに。
「スランプというものは成長しようとする人間にしか起きないのよ。自分の中の成長しているイメージと現実のギャップに伸び悩みを感じること。今のさあやはその現実も理想さえも見えていなくなってるわね」
「…お母さん、どうして…」
 いつもは私に演技の指導なんてしてこないのに…
「ただね、あなたの今の演技は決して全てが悪いという訳でもないのよ」
「…」
「あなたの今の演技は現実にむけているものでも理想を目指してのものではない。誰か一人の人間の為に向けられているものね」
「…知ってるの?お母さん」
「…何となくだけどね。私は女優である前にあなたの母親何だから」
 …だからわざわざ言いに来てくれたのかな。
 女優としてではなく、お母さんとして。
「まずお金を貰っているプロなんだから、みんなに迷惑はかけない演技は心掛けなさい」
「…はい」
「そしてここからはお母さんとしての言葉」
 お母さんは優しく私をハグする。
「たった一人の誰かの為に何かを表現するということ。その感性は絶対に失わないでちょうだい。これは女優だけじゃなくって全てのクリエーターにも通じることよ。たとえ世界中誰もあなたのこと見ていなくても、誰か一人の『がんばれ』があるならそれはとても価値のあることなの」
 
どんなに頑張っている人も頑張れなくなる時がくる
そんな時いつだって助けてくれるのは小さい『がんばれ』なの
それを心の中で大切にしてあげれるような演技者に
そんな薬師寺さあやでいてちょうだい

お母さんの言葉は、私の心に溶けるように消えていく。

「勿論大切なのはバランスよ。昔のあなたみたいにみんなから望まれている、大勢を笑顔にする演技だって大事。最近のあなたみたいに、自分の『好き』を見つけることができて、そのために頑張るのも大事」
 …あ、お母さん。ちゃんと今までの私の演技見てくれてたんだ。
 …なのに何で、見てくれている人がいるのに
 ほまれにあんなこと言っちゃったんだろう。
「その二つの演技はちゃーんと出来てることは私が保証してあげる。むしろまだ中学生だってのにさあやは偉いわよ。自分の好きを見つけることが出来て何でも挑戦できるなんて、あなたの歳くらいの私には出来なかったことよ。だから次のステージへと進みなさい。特定の誰か、好きな人の為に向けたメッセージを含めた演技。結局女優としてのアドバイスをしちゃうけど、そのスパイスがあればあなたは役者としてもっと羽ばたけるわ」
「そんな…好きな人だなんて…」
「あれ、そう?私にはそう見えたけど」
 もーお母さんったらー、って言うべきなんだろうけど、私の心は早速、その特定の誰かへと向かっていった。
「…うん」
「…女優の先輩としてではなく母親として背中を押させて。自分が嫌いでもいい、色んな人に言われるがまま生きても別に私は失望しないわ。ただたった一人の大切な人のために動ける人間でいてね、さあや」
「…分かった、お母さん」
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