小説

□Over The Horn そのA 翔
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と結鬼さんがひとこと言った後にチヨキチは一度部屋から出て行く。そして数分もしないうちに片手に封筒、もう片方に一冊の本を持って戻ってきた。
 スッと封筒を私に手渡した後、彼は手首についているコンパスの様なものを私にかざした。
「最初に奴の存在に気付いた時、僕はいつも黄昏ている陸橋の上で、この作品のことを考えている時だった。その時にこの『次元位相感知機』が反応して、桃太郎がルルちゃんの仕事場に出現したことを知った。そして、父さんと共に君を助けに行ったんだ」
 いつもつけていたそれは、アクセサリーじゃなかったのね、そう思いながら言葉を返す。
「で、この封筒は?」
 チヨキチの承諾を得て開けてみると、案の定原稿が入っていた。しかも見覚えのあるものだった。
「『吠えろ!タイムアルバイター!』。これって…」
 随分前にチヨキチが私に見せてくれた彼の作品だった。もう一度読んでみて、と言われてので表紙を開いてみると、
 前とは、全く違った目線でそれを読めてしまった。
 時間跳躍する敵を倒すために奮闘するヒーローもの作品。
 確か前に読んだ時は『絵が下手』『設定が無理矢理すぎてついていけない』とか散々なことを彼に言った覚えがあるが、そんな感想を振り返れない程、私は震えていた。
「チヨ…これって」
「…ノンフィクションなんだ。この作品」
 彼に悪気はないだろうが、若干トラウマになりつつあるフレーズに、私は怯えてしまった。
「ご、ごめん。ルルちゃん驚かせちゃって…」
「…いいわよ。続けて」
「…僕がこの作品で目指していたことは、エンターテイメントじゃないんだ。この作品を世の中に向けて発信して、いつかこの作品に出るような『時空を超えて襲ってくる敵』に対しての対策を漫画を通して伝えたかったんだ」
 その言葉を聞いて、私は苦笑する。
「確かに、漫画表現じゃないと話すら聞いてもらえない話題でしょうね」
 そう言いつつ、私はしんみりした。前にこの作品を読んだ時は『つまらない』と評して彼を馬鹿にしたが、彼は彼なりに必死の思いでこの作品を作ったのだな、と思うと。
「…いいんだよ。我ながら漫画としてつまらない作品だと思うし。そんなことより」
 彼はもう片方に持つ本をシーツの上に置いた。
「『吠えろ!タイムアルバイター!』には原作、というかこの本に書かれた史実を元にして創作したんだ」
 まるでどこかの博物館からひっぱり出してきたような、パサパサと痛んだ質の紙、背表紙が太目の糸で縛られたそれを、私は困惑の目線で見つめた。
「歴史テロリスト、桃太郎追跡ふぁいる?」
 そんな質感の本に似つかずな題名を、私は素直に述べた。
「この本は未来から鎌倉時代にワープしてきたご先祖様が、対桃太郎用のノウハウを代々記録したものなんだ」
 未来なのにご先祖。その相反する単語を無理矢理頭の中で繋げようと、私なりに努力してみた。
「…ってことは、チヨってもしかして未来鬼の血がながれている訳?」
「っといっても、僕もぶっちゃけこんな事態になるまで半身半疑だったけどね」
 …言われてみればそうだ。私だって突然親から「あなたには未来鬼の血が流れているのよ」とか言われたら、信じないだろう。
「…でも実際、この本に書かれた通りの人間が現れた」
 瓶底眼鏡の向こうから、彼は鋭い目線を本に送った。
 痛んだ紙を傷つけないように本を流し見してみると、墨で書かれた古文の教科書の雰囲気ながら、『次元位相感知機』だとか『重力湾曲波発生機』など、近代的な単語が見受けられた。そして到底八百年前の文献とは思えない、何かの機械の設計図のページが長々と続き
「!」
 奴の、水墨画タッチで描かれた桃太郎の画を発見した。
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