小説

□Over The Horn そのB 天
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ポン。
 と後ろから肩を叩かれ、澄んだ川のような声が鼓膜を揺らしてくれなかったら、また負けていたところだった。
「あなたの言うことも一理あります。あなたも類稀なる努力の元、その地位を獲得したのですからね。故に、私達が無礼であることは重々承知です。しかし、一度。たった一度だけで良い。残った一割の作家達に新作を発表する機会。平等の立場で、あなたの作品と戦えるチャンスを下さい。それで負ければ、もう何も文句は言いません。私達は潔くあなたの漫画市場の独占を認めますよ」
 私を助けてくれたこの言葉、そして背中に感じとれる励ましの視線に勇気付けられ、私は再び桃太郎の目を見た。
「…桃太郎。これはあんたにとってのチャンスでもあるのよ?市場に残る一割のライバル達を一掃できる機会。これを逃せば、また私達はネチネチと漫画を書き続けて市場に残るわ」
 元の雰囲気に戻っている桃太郎は、代わりに心底どうでもいいものを見る目線で私の後ろに並ぶ、『一割の戦士達』を見つめた。
「あの方達がその一割ですか。にしても随分少なく感じますねえ」
「あんたの作品よりも面白い作品を一作でも多く作るのがこっちの勝利条件ですものね。つまりは量より質。一割の漫画家から更に少数精鋭を厳選したわ」
 そして宣誓するよう高らかに言った。
「まずは私、葛鬼ルル!そして…」
 先程勇気付けられた言葉を返すように、私は彼女の肩を叩き返し力強く叫んだ。
「早乙女斗鬼先生!私の理想の漫画家で超面白い作品を続ける不屈の天才漫画家よ!」
「葛城先生…その説明恥ずかしいですよ…」
そう早乙女先生が言うものだから、私は一晩寝ずに考えた各先生方の紹介分を渋々省略して叫んだ。
「鬼塚治虫先生!鬼田ヒロオ先生!石森鬼太郎先生!赤鬼塚不二夫先生!不二子・O・二雄先生!鬼野英子先生!鬼木伸一先生!鬼安なおと先生!よこたとくおに先生!鬼内ジョージ先生!」
 一呼吸置き、奴に宣戦布告する。
「計十二鬼!我らチーム『斗鬼和荘』があんたの漫画界独占を阻止するために勝負を挑むわ!ルールは簡単。三日後に東京ビッグドームで開かれる漫画即売会、通称『天下一漫画闘祭』で一作品を発表!その会場でアンケートを取り、『斗鬼和荘』のメンバーの内一鬼でもあなたよりアンケート結果が良ければ私達の勝ち。あんたの市場の独占は認めないわ。逆にあんたが一位なら、市場を好きなようにしても私達は一切口出ししない。純粋な読者の評価で勝敗を決める、打倒な勝負でしょ?」
 『純粋』。再び奴はその単語にピクリと反応したが、私は目を逸らさなかった。狂気でもなんでもかかってこい。私には背中を預けられる仲間が沢山いるのだ。
「どう?やっぱ一位以外負けって条件じゃ割に合わない?」
 その挑発は、奴に高笑いをさせた。
「はははっ、いえいえ関心していたのですよ。やはり葛鬼先生は私の見込んだ通りの方だ。実に狂っている!あなたなら存分に私の駒として使えますよ!」
 その咆哮に連動するように、私もニタリと笑った。
「…じゃあ受けるのね。この勝負」
「勿論ですとも!」
「ただぁし!」
 再び奴に人差し指をさした。
「即売会会場にはあんたもその場にいること。それも条件だわ」
「オーケーオーケー。当日現実世界にいれば良いのですね。良いですとも。それくらいなんのハンデにもなりません」
 そう言って奴もまた嘲笑し、ポッカリと開けた暗闇の穴へと帰っていった。
 良し、と私はガッツポーズを取る。奴を現実世界に誘き寄せる第一段階は完了した。あと私に出来ることは、漫画家として『次元創世紀』より面白い作品を作ることだ。

 チヨキチ、結鬼さん。あとは任せたわよ。


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