小説

□Over The Horn そのC 結 + 合
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「やったわね」
「ええ!」
 嬉し涙でも流したのだろうか、彼女の頬は赤く腫れていた。けど今満面の笑みで私と手を取り合っている。
「やれやれ、私がいくら言っても動こうとしなかったのに」
 そう少し後ろから早乙女先生の声が聞こえたので、彼女に聞こえぬよう、小声で話した。
「チヨの奴、やりましたね…」
「…ええ」
 息子の活躍を話しているというのに、結鬼さんの声色は暗かった。
「…何かあったんですか」
 彼女が静かに頷いたため、私達は場所を変えて話した。

 私達は会場のすぐ近くにある、夕日が地平線に沈む風景の見える、防波堤まで移動した。
「桃太郎の分身の消え方が不自然?」
 そうなの、と彼女は応答した。ちょっぴり懐かしく感じる、諭すような結鬼さんの口調が、起きた異変を語り始める。
「要は何の前振りもなかったのよ。この『時空波迷彩・改』で会場にいる桃太郎の挙動から周りの次元位相まで観察していたけど、特に怪しい動きはなかったの。まるで分身も予想だにしない、不意のタイミングで連れ去るような、そんな消え方だったわ」
 顎に手を当て考えていると、結鬼さんが人差し指をスッと立てた。
「…考えられる可能性一つめ。もう一人の分身によってあの会場から救出された」
「…もしかしてチヨキチはもう片方の桃太郎によって…!」
 目を伏せ、彼女は首を横に振った。
「なら、この洗脳が解けている現状はどうなるの?」
「あ、そっか」
「考えられるケースとしては。チヨキチが電波塔を守る桃太郎を圧倒したわいいけど、逃げられ、分身ともども別の時代に逃げられた」
「逃げたってことは…つまり」
 逃げた先の時代でまた洗脳計画を発動されるかもしれないということなのか?くそ、それじゃ意味がない。たとえこの時代が助かったとしても、また別の時代の罪のない者達が傷ついてしまう。これでは負の連鎖だ。そう悶々としている私をなだめるように、結鬼さんは続ける。
「でもこれはあくまで憶測よ。なんの根拠のない可能性の一つを挙げているほかならないわ」
 そして彼女は中指も立てた。
「二つ目が奴の挙動から見て、何かしらのオート跳躍の可能性もあるわ」
「お、オート跳躍?」
「何かの条件を満たした時にそこに移動するようにあらかじめ定められたテレポーテーションプログラムのようなものでしょうね。その跳躍の条件が何であるかは分からない。もう一つの分身が倒されてしまった際に自動でもう片方の分身を別の時代に逃がすものかもしれない。はたまたもう片方が死んでしまえばパラレルワールドから無理矢理連れてこられた分身の命も消滅する仕組みなのかもしれない」
「…つまりはあの世に跳躍した…ってことですか?」
「そう。前向きにも、後ろ向きにも捉えられるわ。そして三つ目が私達の予想だにしない『その他現象』とでもいいましょうかね」
 相変わらず理論的なこと言うなー、と感心しつつも、私は反省した。
「まだ奴がいつこの時代に襲ってくるのか分からないですもんね」
「…いえ、そうでもないかもよ?」
 と府の抜ける声で私の反省は否定された。
「この時代の鬼は、桃太郎なんかに負けない立派な創作をする鬼で溢れてると示せたじゃない。なら大丈夫、この時代の鬼達はいつ奴が襲ってきても勝てるわ」
 そう、夕日で反射した海面の光が、彼女の瞳を揺らせた。
「…理論的な話のあとに感情論ですか。いはやは、なんだか結鬼さんもこの戦いで一皮剥けたって感じですねえ」
「そう?あなた程じゃないわよ、ルルちゃん。あ、でも」
 そう口に手を当て、結鬼さんは驚いた表情をした。
「次奴が来たときに、桃太郎の漫画技術も上がっているかもしれないわ。そしたら真っ先に作品として負けそうなのは十二位のルルちゃんじゃないかしら」
 そう笑顔交じりに言うものだから、私は悪寒が走ってしまった。
「こ、ここでその話しますか、結鬼さん!」
「ふふ、冗談。要はルルちゃんはもう気兼ねなく漫画家と集中して良いって事よ。漫画家として奴を倒すのを任す代わりに、あとの桃太郎の処理は鬼俵家に任せて」
 そうポンと肩を叩かれた。若干冗談に聞こえないのが怖いけど、一時は物凄く衰弱していた結鬼さんが冗談を言うほど元気になってくれて、私は安心した。
「さて、あとはチヨキチを待つだけね。直接『時粒子圧縮空間』に突入したあの子なら何か消えた分身についての情報知っているかもしれないし」
 そう言って結鬼さんは手首に付けたコンパスのようなもの、『次元位相感知機』を見つめた。
「チヨが帰ってくる時、それが反応するんですか?」
「ええ、でもあの子あっちの空間で相当暴れたみたいでね、常に位相が狂いっぱなしなのよね」
「でも帰ってこられるんでしょ」
 ええ、とニッコリ結鬼さんは笑った。
…チヨキチが帰ってきたら、今度こそ打ち上げパーティをしてあげよう。私が今ここに立っていられるのはチヨキチのおかげなのだから。
 あ、でも脱十二位用の新作も作りたいし、そうゆっくりしてられないかもな。そう思いながら私達はそれぞれの帰路を辿った。


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