小説

□コイの両翼
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今しがた私を「無言」で呼び出したのはいつもの主ではなかった。
その主の娘、キリカお嬢様。私とはまだ仮契約の身のお方だった。
 私の主、エイト様は村を魔獣から守る討魔召還術士、そして一人の父親でもあった。
二つの責任を同時に果たすべく、主はキリカ様を鍛え、私を寺院(普段我々が封印されている場)から仮召還する事の出来る封印開放術を彼女に授けた。
『戦闘獣であるお前が娘からの召還を受ける事がある時、その時は頼むぞ、ヒオウ』
 私はそう命を頂き、彼女の護身獣としても仕えてきた日々、
ついにお嬢様から「無言」で寺院から呼び出された日が今日なのだが……

(一体何がお望みなのか……キリカ様…)
 過去この様な「無言」で呼ばれた事は一度としてなかった。
 彼女は歩いている。
私を「無言」で呼び出し、そしてすぐクルりと磁針の如く、
一定の方向へと体を向け歩き出してしまった。
 分からない。
 彼女は「無言」故、私の使命は災いから彼女を守る事。
だがこの状況、災いは何処。今いる此処は過去にある乱戦の中でもなければ戦うべき敵も見えない。
 無言に歩き続ける彼女を私は仕方なく追った。
 私の戦うべき敵はどこにいるのですか?
 召還獣の私にそう問う権利はない。
ただ戦う獣である私は自力で敵を捜すまでだ。
 戦うべきは我自身。
 名誉の「無言」で呼ばれ、敵も災いも見えずにいるこの姿を不始末と言わず何という。 欲す、この「無言」から敵を見出す力を。 在りたい、弱き我より強い自分に。
 私は少しずつ命の内容を理解してきた。

「ねぇ」
 数分してそうお嬢様が仰る。
「どうして何も質問してこないの?
ここがどこだとか、どこに向かって歩いているのかとか、
気にならない、ヒオウ?」
 私はありのままを答えた。
「ここがどこかという問いなら既に存じております。
おそらくマカラーニャの森。
匂い、気質、何より満ちる殺気で確信致しました」
 はへっー、とキリカ様は驚嘆なされる。
「無論、狡猾な魔獣の巣層の森故、
今も魔獣達は私に気付かれぬ様、
気配を殺しお嬢様を狙っております。
そんな事をしても無駄だと悟らせるのが我が使命と承知致しました。
気配は殺せても、殺気を徐に剥き出しにしているかの低俗なる駄獣共、
奴等の毛一本とてお嬢様に触れさせは致しません」
 彼方の草むらからざわめく音がした。
奴等に声は届いただろうか。
「すっごーい。まだ一言も喋ってないのにそんなに把握してるなんて、
流石父さんの召還獣ね」
 勿体無い御言葉、と私は一礼する。しかし
「でも行き先までは聴かないで…ごめん…」
 その言葉を皮切りにお嬢様は再び押し黙った。
図星。
 マカラーニャ、それこそ人間と魔獣の世界を区切る境で、
二つの異なる種族は決して共存出来ないという事を大海の如く無言に語りかけてくる、
魔の樹海。
何故彼女一人、こんな危険な森の中歩いているのか、
目的地も謎だった。だが命を頂いた私には優先すべく事意外で迷いを産み出す訳にはいかない。
全身を主を守る盾となる、それが私の意義。
「ねぇ」
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