小説

□TЯIDENT(前)
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エトマさんを暗殺する。
それが彼の知り合いさんの目的なら、何故偽の依頼なんて周りくどい方法を取るのか。ストレートに夜襲なり、それこそ私達みたいな同業者さんに委託した手っ取り早いのではないのか。
 それはあの依頼書が届いてすぐに尋ねた、私なりの正論だった。
しかし

「オレを闇討ちで殺す?出来る訳ねぇだろ、税金で雇われてる素人連中に」
 
薄暗い事務所の中、不気味にタバコの火を光らせながらそんな台詞を言われ、思わず背筋が冷える思いをしたのを覚えている。
この人には一般的な正論は通用しないのだ。
彼は強い。
化物、精密暗殺機械、数年間この人と仕事をしている私ですらそんな幼稚な表現方法しか見つからない程、彼の殺しの技術は飛び抜けている。
不意打ち、夜襲なんてそもそも彼の専門分野。殺気や死角からの気配を感知する鋭さが売りのその道のプロに(表現が変だが)正面からの暗殺は…正直彼の癖とか知っている私にだって身投げに近い行為だと思う。
知り合いさんも彼の技術の完璧さを知っている上で、一番成功確率の高い方法を選択した結果が今回の依頼なのだろう。
偽の依頼書を作り、事故を装う。この国にとって大切なのはプロの彼に対していかにして察知されないように殺す事だ。
『あいつらなら背中を任せてもいい』『最高の仲間だ』その思い込みをさせ、油断を誘い、殺す。それが一番安全なのだ。
 これを自覚した上で、依頼内容を見返し、私も合点がいった。
私達が依頼されたのは長期間に渡る特殊警備隊の応援という任務だ。
近頃この国では大規模なテロ行為が頻繁に起きていてテロ対策組織である特殊警備隊でも手が回らないらしい。
そこでかつて隠密機動部隊の一員として活躍していたエトマさんに自体が沈静化するまでOBとして軍人復帰してほしいという内容だ。
 改めて考えてみれば酷く非現実的な話である。
果たして一度国を離れた者にこんなVIP対応までしてポストを用意する何て常識と言えるだろうか。
 セーフティ第一。
エトマさんの元同僚にして依頼主、同時に現在この国の軍事最高責任者であるバレンシア元帥はそういった人物なのだから。



数週間後、私達はバレンシア元帥の国に入国した。
お客様。
 バレンシア元帥及び特殊警備部隊の方々にまるでそんな風に呼ばれているのかと思えるような待遇を受け、私達はもてなされた。
 殺し屋業界といっても世の常というか、安いコストで事を済ませたいというクライアント常の世界なので、私は素直に目の前に出された料理の山、屋根風呂付きのホテルみたいな部屋の支給に喜べなかった。
「辛気臭い顔するな」
 部屋で料理に手を付きながら、エトマさんにそう言われた。
「そんな顔しながら飯食ってたら向こうの策知ってまっすよって告白てるようなもんだろ。お前は言われた通りにヘラヘラしてりゃいいんだよ」
 今回の私の役目は敵に媚を売ることだった。
 エトマさん曰く、偽の信頼の植え付けに対抗するには偽の忠実心を売りつけるのが一番らしい。
 いうなら私は愚直に与えられた任務をこなす「囮」、後ろでそれを見張る「見」がエトマさんだ。
 こう役割分担することで敵の狙撃といった手段を制限、尚且つこちらの意図を敵に隠すことにもなる。最終的には彼らから依頼の恩赦を吸い続け頃合いを見計らい逃亡する。
それが私達側の任務の勝利図である。しかし
「…心配だ」
 どうやら私はエトマさんに信用されていないらしい。
「…自分から策を講じておいてなんだが、今回の任務で一番の心配はお前のイレギュラーなんだよな…」
 大体、こんな完璧な人の隣で出来ることと言ったら見張りや偵察が通常業務な訳で、彼が殺しのプロなら私は彼を邪魔しないプロと言って良いくらいだ。
 そんな私にとって今回の囮役としてガツガツ前線に出る任務は確かに異例のものだ。
「…任せて下さいよ、エトマさん」
 先ほど辛気臭いと言われた表情を一変させ、私は視線を彼に向けた。
「私達何年の付き合いだと思っているんですか。絶対、出しゃばったまねなんかしませんよ」
「…お前の絶対は信用ならねぇからな。ま、期待しないでおくよ…」
 私と対象に、同じリズムで彼は食事を続けていた。
「…って、お前張り切っている割にはまるで警戒心ないのな」
「へ、何がですか?」
「毒だよ。さっきから躊躇なしにむしゃむしゃ食べてるけど、ちゃんと毒味したのか?」
 ブフッー、私はポンプの如く食べ物を噴き出した。
「マ、マジですか…」
「…冗談に決まってるだろ。奴らが証拠が残るような殺しはしないっていったろ…………やっぱり心配だ」
 そうエトマさんにおちょくられながら、私はこのホテルのような環境で数日の時を過ごした。
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