小説

□TЯIDENT(前)
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この数日という当たり障りのない間を見計らったように、一つの任務が発生、特殊警備隊の支援として出撃命令が下された。
 最初の任務ということもあり、コンスタントに私が出撃、エトマさんが作戦本部にて「見」に回った。
そこで私は彼と改めて出会った。
例のバレンシア元帥。彼とまじまじと話す機会と巡り逢えた。
「すまないね、来てもらって早々こんな事態になってしまって」
 共にテロ現場へと出撃する特殊警備部隊の方々と緊急ミーティングをしている際中に彼は現れ、私にそう告げた。
「事件が起き次第、協力するという依頼でしたし、それにいつまでもお客さんしてられませんよ、バレン元帥」
「今日は君一人のようだね」
「はい、エトマさんはまた後日参戦ということで、まだ未熟者の私で申し訳ないですが………」
「何、どんな形であれ君達の任意で決めてもらって構わない。その名義での依頼だったからね。実際君一人だけでもありがたいよ」
 ふふ、と彼は私に笑みを返す。
一度エトマさんと挨拶した時に彼とは会ってはいるがこうやって一対一で話していると改めて実感させられる。
 若い。元帥という名から高齢で威圧感のある武人なのかと仮想していたが、歳は四十程で、話し方も歳相応の好青年を連想させる物腰が柔らかい口調。
初見ではこの人が軍の最高責任者とは誰も想像も出来ないだろう。
 しかし私は何故この人がこの歳でこの地位に就いているのかを知っている。
知っているからこそ、余計にこの笑みを不気味に感じてしまう。


                ※


「そもそも何でオレはあの国から亡命してんだと思う?」
 バレンシア元帥はどんな人物なのか、そう質問した時に返された第一声がそれだった。
「その質問の答えがお前の質問の答えでもある」
 私は少々考え、単刀直入に応答してみた。
「…バレンシア元帥がいたからエトマさんはその国から逃げてきた?」
 珍しく正解できたらしく彼はコクンと頷いた。
「当時の奴との関係は隠密部隊長とその隊員。単純に説明するとそんなもんだ。今と大して変わらん、暗殺やら汚い仕事ばっかりの隊だったけどな」
 茶を濁す様に「そういえば国王の料理の毒味役なんて仕事もあったなぁ…」と付け加えながら彼はタバコを吸った。
「で、ここまでで何か疑問に思った事ある?」
 思い出に浸っていると思いきや、いきなりその問いを投げかけられた。
「え、まだ説明の途中なんじゃ………」
お前本当にアレだよな、というニュアンスを感じる視線で私は睨まれた。
「オレは元隠密機動部隊員、じゃあ何故今回の依頼はその隠密機動部隊ではなくテロ対策の特殊警備部隊の応援なんだと思う?」
 それはやっぱりテロの様な乱戦に発展しやすい場の方が流れ弾で死亡という事故死を装い易いから、そう私は答えたがどうやら違ったらしい。
「単純な話、隠密機動部隊自体、今現在存在しないからだ」
 調べてみると、確かに隠密機動なんて名前の部隊は見当たらなかった。
「ちなみに、国王の料理の毒味役なんて仕事も今はない」
 エトマさんにそう補足されて私は衝撃と共にやっと気がついた。
「ああっ、そうだ!この国、十五年も前に革命が起きて国王政治から民主主義国に変わっていたんだ!」
 つまり隠密機動部隊は十五年前の国王政権にあったもので今の政治に転向した時に無くなってしまった。とりあえずそこまでは理解したが、
「…でもそれとバレンシア元帥に何の関係があるんです?」
「ここでこの話題を出した以上、隠密機動部隊の存在を消したのは他でもない、バレンだ。奴の性格を語るにゃ、このネタが一番だ」
「でも隠密部隊が無くなったのは、国王政治が崩れて民主主義になったからなんじゃ………」
「だから奴が崩したんだよ。国王政治を」
 私はエトマさんの言っている事が理解出来なかった。
「正確には俺達が国王を暗殺した。そしてあたかも革命で国王が討たれたかのように情報操作したのが奴だ」
 スケールの大きい単語を連呼され私の頭は?で埋まってしまった。説明を何回かに分けて聞き、そしてようやく見えた全体像、それはとても本当に起きた出来事とは思えない、思いたくない内容だった。
 当時の隠密機動隊の長、バレンはクーデター組織と通じていたのだ。主人である国王を、同僚である仲間達を影から暗殺し、クーデターを成功させれば莫大な富と権力が得られると約束されていた彼は、真夜中の城内に火を放った。パニックに陥った王族、兵士達をエトマさんを含めた隠密機動部隊という駒で次々に殺し、彼は無事クーデター組織の依頼を遂行。そして報酬である権力を組織から得て、後の民主政権でも高い地位に就いた
「………そんな馬鹿な…」
 この話を聞かされた時の私の開口一番がそれだった。
「…国の本拠地が炎上して中で何人もの人間が虐殺された、そんな歴史上大事件初めて聞きましたよ!」
「だから言っただろ、情報操作したって。この事件は一切表沙汰になっていない」
「度が過ぎていますよ!」
「そういう奴なんだよ」
 奴の性格を語るにゃこのネタが一番。先刻のその言葉が脳裏を過ぎった。
「敵は仲間を売った小悪党、そう思っていたら大間違いだ。奴は民主主義の元帥って立場、自分の都合の良い歴史の教科書を作れる人間なんだぜ。そもそも歴史なんてのはいつの時代も文献に由られて作られてるもんだ。文献の上書き出来る力があればあんなもんいくらでも変えられるさ」
 その力、権力なのだろう、そう思った時私は心底震え上がった。
 善悪の基準の崩壊だ。善も悪も元々人の心から生み出した概念、その心を押し潰し、無き物にしてしまう圧倒的な力を実感してしまった。バレンはこの魔力染みた権力という力に心まで浸かってしまった、いうならば魔物、その表現に似合う人間なのだ。
「お前の反応は正しい。恐らくこの話を信じる人間はこの世にオレとお前を含めて三人、いや残り三人と言った方が適切だろう」
 この言葉に誘導されるかのように私の体に衝撃が走った。確かにこの話からバレンの狂気は理解できたが、論理がない。
 三人、私を除く二人の人間、それは実行犯として行動したエトマさんと、バレンの二人なのだろう。だが隠密機動部隊というからには複数名で構成されているはずだ。その分の人間はどこに消えてた?彼らもバレン同様高い役職に就いて悠々自適に暮らしているのではないか?
 そう質問したいのは山々だが、私は敢てこの質問にした。
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