小説

□TЯIDENT(後)
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そう言ってセナ達修道女一団が岩陰に戻って行くのを私は見守った。
「…!」
 しかし、一団の中から一つだけ、こちらに引き返してくる影があった。
 セナだ。
「おい!何で戻ってくる、早く隠れろ!」
「お姉ちゃん…」
 影の中から一つ、キラリとした一点の光が見えた。
「死んでもなんて、言わないでよ、ライナお姉ちゃん…」
 俯きながらそう言ったセナは私のすぐ傍まで寄ってきた。
「セナ…」
「嫌だよ…やっとお姉ちゃんと会えたのに、また私の見えない所でお姉ちゃんが居なくなっちゃうなんてもう耐えられないよ…」
 袖で目を拭いた動作の後、セナは顔を上げまっすぐ私を見た。
「絶対邪魔にはならないから、お願い!お姉ちゃんの傍にいさせて!」
 私、お姉ちゃんとなら死ぬのも怖くない!その言葉は、私の中の何かを壊した。音はしないものの、決定的なものが崩壊していく感触。
 もう、抑えられそうになかった。
「…てくれ…」
「え?」
「もうやめてくれ!セナ!」
 その崩壊は、私の声帯まで暴走させたかの様な声を出させた。
「もううんざりなんだよ!何が本当でどれが虚なのか私にだって何にもわからないんだ!これ以上混乱したらお前まで疑ってしまいそうだ!」
 歯を喰いしばり、目線を地に向けながら言葉を叩きつけた。
「混乱って、お姉ちゃん何を困っているの?私に出来ることがあったら」
 もはや姉の威厳なんて知らない。優しい言葉を投げかけてくれたセナに、私は問答無用に鉄球の様な言葉を送り返した。
「なら目だ!その目で私を見るのはいい加減やめてくれ!」
「目?」
 唖然と立ち尽くすセナを、さっきまで焦点が合わせられなかったのが嘘のように、鬼畜を見る様な目線で睨んだ。
「その目だよ!その目こそ虚の塊なんだよ!まるで私が全知全能の聖母!完璧な道徳心を持ち合わせた英雄!妹のためなら命を投げ出す姉を見るような目!そんな目で私を見ないでくれ、うんざりだ!」
 私の激昂の言葉の前に、セナはカタカタと小鹿の様に震えていた。
「お姉ちゃん…一体何を…?」
 そんなセナに肉食動物の様に鋭い牙を向け言葉を叩き込む。
「嘘!誤魔化し!偽善!もうそういった泥で私を塗りたくるのはやめてくれ!これじゃいつまでたっても現実が見えやしない!私は!本当は!」
 次の言葉を言おうとした時、微風の様なセナの抵抗の声が届いた。
「ダ、ダメ、お姉ちゃん。私それ以上は聞きたく…」
「うるさいっ!」
 もう、関係ないのだ。
「殺し屋なんだよ!」
「…嘘」
「嘘じゃない!」
 セナを噛み千切るように、叫んだ。
「ずっと昔からそうだった。人を殺してきた金でお前達を育ててきたんだ!だから追い出されたんだよ!追い出された後もずっと人を殺し続けた、さっきだって本当はお前達修道女を殺しにきた一員だったんだよ!」
「………」
 セナのその瞳の中で私がどう映ろうと、これが誠の私の姿なのだ。
「信じられないって言っても無駄だ、ずっと隠してきたんだ、お前の目に英雄に映っているのが気持ちよくて、この幻想の為なら人殺しても構わないと思っていた!良い人間に映るため、人殺しの罪悪感から目を逸らすために嘘や偽善の泥を塗るのに必死になっていた」

「それが私だ!」

「結局自分の居場所が一番なんだよ!妹を守るためとか仲間のためとか人を殺しても責められない大義名分が欲しかっただけなんだよ、守っていたのはお前なんかじゃない、いつだって卑しい私自身!姉という名の泥の仮面が欲しかっただけなんだよ!」

 汚い咆哮を終えた後、また私はダラリと木偶に戻っていた。
 ………言ってしまった。
 セナに私の汚い部分を全て晒してしまった。
もう、私はあの子の姉にはなれない…
 不意に、木偶のはずの私の目頭が熱くなるのを感じてしまった。
そして、あの日と同じ気持ちになった
先生に追い出されて、行く場をなくし、途方にくれていたあの日の気持ち。もう二度とこんな気持ちになることはないと思っていたのに、目に溢れる水の量まで同じだと思えた。
自分は誰かを守るために命を張る上等な人間だと思っていた。何かを守るために生きるのが世界の正義だと、自分はその正義に則って行動をしている人間なんだと。

けどそれは自分の中の世界での自分勝手な正義に過ぎない。
バレンと同じだ。善悪の基準が崩壊していて、自分のやることは全て貴い正義の行いだと愚直に信じている人間なのだ。
私が奴を気に食わなかったのは、きっと同族嫌悪なのだろう。似ているのを認めたくなかったんだ。本当は自分も卑しい人殺しのくせに。
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