05/01の日記

23:38
お前の全てを闇に葬る!
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それでは今回のコロコロアニキ2018年春号の感想にいきましょう。

▪ひかわカービィ復活(25.5巻、しんぼ先生との対談)

前号からいよいよ本格復帰を果たす「ひかわ博一」先生。
ここ十数年の間漫画活動を休止しており、都市伝説だと「編集者にいじめられて嫌になってやめた」という風評がずっと続いている先生でした。
が、近年インタビューで本人がちょいちょい顔を出してくるようになり、その説を否定。前の冬号でもコロコロアニキ紙面でがっつり復活を果たしてきっぱりとその説を否定しました。
んでもって今回の号ではカービィの続編として25.5巻としてがっつりと漫画を描いて、師匠の「のむらしんぼ」先生と対談することによって15年前漫画家生活をやめた理由をしっかりと言葉にすることとなりました。

嫌になったから。
モチベーションがなくなったから。
アシスタントがやってくれるようになったから自分は頑張んなくてもいいと分かってしまったから。
もう締め切り生活はしたくなかったから。

概ね、前のネットインタビューで見た内容と同じことを告白してくれました。
これを最初聞いた時は「そんなまさか〜」と思いつつも、子供の頃に大好きでいつか自分もなってみたいと思えているコロコロ漫画のプロの先生がそんな甘えたこと言うべきなのか?
っと思ってました。(しんぼ先生には当時怒られてたみたいですけど)

ただ。
正直その後に自分の中からは不思議と「怒り」というのは沸いてきませんでした。
この真実を受け止めたくなかったからか?
所詮はネットや誌面での意見で本当はひかわ先生は聖人漫画家だと自分の中で思っていたからか?
多分自分が高校生とか大学生くらいの時には前者の意見で盲目的になっていたかもしれません。
ただ大人になってからの自分としては。
社会に出てお金を稼ぐ大変さとか回りの期待に答えるためにどうでもいいことに一生懸命になるのが嫌になることがわかってしまった自分としては。
社会の嫌なところや、人付き合いのめんどくさいことを知ってしまった自分としては。

例えばひかわ先生みたいに漫画で一発大成功して普通の成人が一生かかって稼げるような、今後働かなくてもいいくらいの何億ものお金を二十代三十代にして印税として安定して入ってくるような生活が送れるようになれたのなら。

自分がひかわ先生と同じ立場だとして、また地獄みたいな漫画家生活に戻りたいと思えるのだろうか。

分からない。
一言で言うならそれは実際なってみないと分からない夢でありますし、まだコロコロで連載するなんて夢を叶えてない人間がするべき妄想ではないことでそんなことするくらいなら漫画描いてろ、って話です。
ただ、例えば。
もし今は働いていて急に宝くじで10億とか当たったら、

自分は今と同じように働けるだろうか。
趣味としての創作を続けられるだろうか。

分から…多分腐っていると思う。ひかわ先生以上に。
だから「怒り」はおろか「責める」ことなんて全くできませんでした。
世の中今や当たり前のように漫画家さんが溢れていて、どんな人も「あんたの変わりなんていくらでもいるんだよ?」って言葉を投げ掛けられながら必死で血を流しながら漫画を描いていると思います。

漫画って当たり前にあるようですけど、本当はめちゃめちゃしんどい仕事なんですよね。
休みなんてなくて、福利厚生があるかも分からなくて、将来不安で一杯の中で別に生活必需品でもない紙を何時間もかけて生産してかなきゃいけない。
そもそも同じ土台に立っているとは全く思ってないけど、実は「安定してお金を稼ぐ」こと自体なら漫画家よりもよっぽどサラリーマンしてた方が楽ではあるんですよね。
サラリーマンしながらたまの休みに無理しない程度に創作して、たまにイベントとかに出展したりネットなりで発表したりしてるだけでも立派な創作ではあります。

創作したいのか。
お金を稼ぎたいのか。
休み休みでも楽しんでいたいのか。
今いる地獄みたいな連載漫画家としての地位を必死に守るのか
誰とも分からない子供達のために自分の身を削るのか
漫画家になるという夢を叶えた先の夢とはなんだ、
創作とはなんだ。
自分のしたい人生ってなんだ。

なんで漫画なんて描いてるんだ

そう、そう…
お金がある状態の三十代でそう思って訳が分からなくなってしまうことに、自分は責めることができなくなってしまいました。
別にひかわ先生は誰も傷つけた訳ではないです。アシスタントに書かせたとはいえ連載に穴を開けた訳じゃないです。覚悟がないわけでも、最初はものすごい面白い漫画でしたし、今回のしんぼ先生の「コロコロ創刊伝説」でもひかわ先生の若いころはただ漫画になりたいという若い情熱を燃やすどこにでもいる青年でありました。

ただ創作を生業としているプロとして、そんなどこにでもいるようなひかわ先生が夢を叶えた時に、その絶頂の時に見えてしまった「諦め」と「絶望」は。

自分もあるかもしれない。
夢を叶えた先に待っているものの末路としては、実に親近感のわく選択肢に見えてしまいました。
そりゃ、普通の漫画家さんって普通じゃないからめちゃめちゃ働いて続けられてるんですよね。
あるいは本当は「売れた漫画家=金持ち」なんてイメージはとっくの昔のもので、本当はみんな自転車操業でやめれないだけなのかもしれません。
そんな業界のことは分かりません。
ただこの年になってひかわ先生の選択の意味することがただの「諦め」や「逃げ」ではないことが分かってしまいました。
自分だって仕事嫌で一回やめてましたし、「逃げる」ことで一生懸命になれることだって知りました。
辛いことがあったら逃げてもいい、破滅に向かうからこそ、知れることだってある。

そして、そんなひかわ先生は、2018年春号に帰ってきてくれました。ギャグセンスも当時のままで。

これがどんな意味をしているのか、若造の自分にはまだ言葉にすることは許されないのかもしれません。
ただお金がなくなったから印税欲しさにやっているだけなのかもしれませんし、どうせすぐにやめちゃうのかもしれません。
ただ、15年ぶりに見れたカービィの瞳は、当時以上に輝いているような。
ひかわ先生、楽しんでかけてるかな。
そう思えてしまうカービィでした。
おかえり、またこれからもよろしくペポ。

▪デュエルマスターズ覇王伝ガチ

最終回でした。コロコロアニキの前身のGから通算するとこちらは10年くらい連載してたんでしょうか?ひえー。もう存在そのものが懐かしくなってアニキ内で世代を感じるようになってしまいました。Bロマノフとかもう懐かしいカードですもんねぇ…
Gがなかったらアニキもなかったですし、Gの看板と言えばガチでしたのでアニキの原点としての漫画がひっそりと終わったことに悲しくもあります。今までありがとうございました、ガチのおかげでアニキがここまでこれました。またいつでも帰ってきて下さいね。
…けどどんな連載タイミングだろうとその時の最新弾のカードがっつり宣伝デッキに組み上げるセンスあるならいつでも大丈夫そうですけどね(けど最後はBロマノフワンショットしてて感動)。

お前の全てを…、闇にぶっとばす!

ではでは。
カテゴリ: コロコロ

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