Buon Compleanno.

□Lr.02
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*東ブロック 住宅エリアB-a34

 人の気配が消え、ひんやりと涼しい風がホール内を吹いていた。
ポツリと立った女神像はどこか「おかえり」と云っているようで、自然と温かな気持ちになった。
人ごみ、監視カメラをさけるかの様に左手で握りしめたままのシェルを引っ張りながら、東ブロックまで来た。
軽く息を切らしながらも、リチアの異変に気づいているのか、いつもならば抗議の声を大げさに上げるシェルが黙っていた。
東ブロックの住宅エリアB地区の中央広場まで走ってきて、ゆっくりとスピードを下ろし静かに停止する。
シェルとは違い、息ひとつ乱すことなくここまで来たリチアは周りを軽く見渡すとシェルの方を振り返る。

「シェル、研科の奴らから何か云われても、私が無理矢理連れて行ったと云え。」

強い、視線。
日頃シェルには絶対的に見せることのない瞳。これは闘いの時のみ熱くなって体内の細胞が活性化した時に起こる不可思議な現象。
だからシェルにも見せたことがなかった。
でも、今回はおかしい。
戦闘は終わったはずなのに、目の奥がまだ少し熱くて瞳の現象が止まっていない。

「リチア……、大丈夫?」

静かに頷いてみせるが、それだけではやはりシェルの不安は取れないようだ。

「まっすぐ、帰れ。」

「……うん。」

何も考えるな、と語りかけるかのような熱く強い視線にシェルは静かに頷き、家のあるD地区へと走ってゆく。

「シェル。」

 ふと、リチアの声に足を止めて振りぬけば、そこにはいつも通りの瞳があって。
何事もなかったかのように、珍しくふわりと目を細めて笑んでいて。

「お祝いは、また今度。」

そう云うものは苦手なのか、自分からは絶対に云ったりしないリチアがそう云うのだから。
自分の事を大切に思っていてくれて、自分の言葉を覚えていてくれたことが嬉しくて。
思いきり笑って。

「絶対だよ!」

なんて、自分は単純なんだろうと改めて思っていたりした。



 それが、ほんの数分前の出来事で。
一呼吸をしてから取っ手を握りしめ、家の扉を開ける。
奥でパタパタとサンダルを鳴らしながら母親が迎えに来る。
彼女は最近その黄色の造花がついたサンダルを履きたがる。
理由はわからない。ただ、買った時に偉く気に入っていた。それは、とても珍しいことだった。

「おかえりなさい、リチア。」

ふわりと笑って、迎えてくれる母。
リチアはいつも思う。自分の周りの者はよく笑う、と。
母も、シェルも、周りがよく笑いかけてくれるから、自分はあまり笑わないのかもしれないのでは、と。
都合のいい解釈だとは思うけど、そう考えてしまう。

「ただいま帰りました。」

「研科から連絡が来てね。あなたが聖都にいたって。」

微笑んだまま、心配するような。器用だな、とリチアは思う。

「大丈夫です。」

「サンプルが逃げたんでしょう?」

「私は、闘っていません。」

云いながら、母の横を通り抜けて階段へと足を進める。

「そう……、ならいいのよ。」

ほっとした様な、疑心のような、これまた器用な声。
その時、ふと、男の云っていた言葉を思い出す。どう云う意味なのかは未だに分からない。
それでも、もしかしたらと。
階段を昇るのを止めて、振り向き。
母を見て、口を開く。

「狂人を倒したのは、"失敗作゛。」

いつも明るく、いつも笑みを絶やさない母の口元が、俄かに震え、目を見開く。
それを見て何事もなかったかの様に、また階段を上り部屋へと入っていく。
 あれは確実に知っている。"失敗作゛の意味も、全部。
全部、全部、隠している。
分かり切っていたことではないか。
また、目の奥が熱い……。
 パタンという扉を閉める音を遠くで聞きながら、青ざめた顔で口元を押さえる。
幸せな生活が終わりそうな不安がこみ上げてくる。
俯き、最近気入ってよく履くサンダルを見つめて、はっとする。

「……ドクターに、連絡しなければ。」

それは、自分に与えられた義務でもあり、任務でもあって。
――守る為だから。





*聖都 軍事塔本部9F -C ^13

 シェルは、久々に訪れた軍事塔本部の新しく所属する事に部隊の部屋で、ひとりコチコチと緊張していた。
同期で共に戦神になった者もいたが、違う部隊に配属されてしまったものだから、慣れない場所で一人緊張を隠せなかった。
しかし、シェルの場合は少し違う。緊張と、不安と、好奇心が混じっていた。
 他の同部隊の者たちが次々と集まる中、ふと、リチアのことを思い出した。
6年前に、住宅エリアA地区の広場で突っ立っていたリチアを道案内をしたのが出会いだった。
その時はリチアが戦神なんて知らなくて、同じくらいの歳の同じ夢を見る女の子だと考えていた。
そういえば、リチアは自分の仕事の話を一切しなかった。
シェルが戦神を目指しているのを知っていても、仕事の話には一切触れず、口を開いたかと思えば殆どが本の話だ。
元々口下手というのもあるし、シェルは話すのが好きだから自然と話す機会がなかったのかもしれない。
でも、昨日のリチアは可笑しかった。
憧れる深海を想わせる程蒼く美しい瞳が、昨日は何処か変だった。
瞳の奥から光り輝くかのような、猫の細い瞳のような。日常では絶対に見ない瞳。
行動も、可笑しかったのだろう。唐突に壁を殴ったと思えば、強化された特設の壁を大破する程だった。
あれが、リチアの力。能力。
何か大きな壁を見せられた気がした。
折角、同じところに立てたと思っていたのに。

「シェル。」

「はいッ!!」

ぼんやりとしていると、一人の女の人に声を掛けられた。
それは昨日合格通知と共に届いた部隊の名簿の一番上に記載されていた、C-13部隊のリーダー。

「緊張している、……のは当たり前か。」

ほんのりと紫の瞳を細めて笑むのは、少しリチアに似ていた。
茶色の短めの髪を揺らしながら数歩引く。
気がつくと、部屋にはもう他のメンバーが集まっていた。
はっとして立ち上がると、何処からかくすくすと笑い声が聞こえた気がした。
何様だよ、と声の方へと向こうと思った時。

「資料で確認したと思うが、もう一度メンバーを紹介しておく。私はこの部隊のリーダーをしているクォーツ=アメシストだ。」

向き合って、視線をカチリと合わせて、話しを始める。
揺るがない、冷静な瞳だ。
その右横にいる女の人が、一歩前に出る。
碧の瞳を持ち、黒内側に巻いた黒髪を鎖骨ほどまで伸ばした女性。雰囲気からして、ゆるい感じだ。

「副リーダーを務めているガーネット=デマントイドでーす。この部隊は基本的に上下関係ないから、呼び捨てでいいよー。」

「ガーネットはウチの囮だ。」

「囮……?」

説明を軽く伝えるクォーツの口から、とんでもないセリスが出た。
それは、命が危険になるのでは、と。

「ガーネットは部隊で一番足が速いからな。一人で敵陣に入って貰ってから、私たちが後ろに回り込むんだ。」

補足説明を入れて貰う。
それでも、一人で敵陣に乗り込むのだから、恐ろしい。
ここに来て戦神の本当の任務内容がはっきりとしてくる。
一般兵であった時は、1対1の世間的にはLr.の弱いモンスターと戦ってきたが、戦神は団体で戦い、囮までも使う。それ程敵が強いということだ。

「それじゃあ、次。」

「ダイ=オプテーズ。」

ロッカーに背中を任せたまま、右手をひらひら振ってこちらを見ようともしない。
黒に近い青の短髪に、左耳に5つものピアスを付けていた。
声からして、先程笑ったのはコイツだろう、とシェルはじぃと睨みつける。

「ダイどーしたのー?唐突に恥ずかしがってるー?」

「うっせーぞ、ガーネット。」

ダイの頬をプニプニと人差指で突くガーネットの手を振り払う。

「ダイは、攻撃力がつよ……。」

『緊急任務。東ブロック 住宅エリアC-d56付近でBランクモンスターが暴れている。手の空いた部隊は至急連絡を。』

クォーツが、瞬時に入り口付近に設置されている緊急回線をとる。

「C-13、準備は出来ているが、BランクはB部隊へ応援を呼んだ方がいいのでは?」

回線を繋ぎながらガーネットを見て、右手で合図をする。
ガーネットは緊急事態にもかかわらず、ゆるいまま。

「任務だよー。装備整えてー。」

その一言で、皆それぞれ自分のロッカーに素早く向かうと武器やアイテムを装備してゆく。
シェルも慌ててロッカーから銃を取り出し、腿の袋に入れる。服のポケットにも銃弾と魔法弾を入れる。
戦神になってから支給された、パワーアップのバングルも腕に填めて急いで、他のメンバーと同じく整列する。

「任務内容は、先程の放送のモンスターの撃破だ。詳しいことは、移動中に話す。」

回線を切ると同時に振り返って、早口でそう云えば扉を潜り通路へと出て行く。
それに続いてガーネット、他のメンバーも付いてゆく。

「GO。」

ダイの声が、室内に低く木霊した。




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