Buon Compleanno.

□Lr.03
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*東ブロック 住宅エリアC-d56

 錆付いてガタついた二台から飛び降りて、息を吸う。
住民は聖都にある天府comfortへと避難している。
住宅街ではないかのような、不穏な空気と、気配のなさ。
背筋が凍るよな感覚を、シェルはその実を持って感じた。
訓練生の時に初めてモンスターと戦った時を思い出す。
恐ろしさのあまりに、足が竦んで動けなくなってしまった。なんとも恥ずかしい過去。
リチアにそれを話せば。

『人間である証だ。』

と。あれは多分励まされたのだろう。
まだあの頃は、リチアは全くと云っていい程笑わなかった。
全てを見透かしたような蒼穹の瞳。雲のように白いフワフワした髪。色素の薄い肌。
そして、儚く弱々しい気配。それと対照的に強い眼差しと心が魅力的だった。
だから、笑ってくれなくても、ずっと一緒にいたんだとシェルは思う。
少しでもいやだと思ったら、二文字メールを返信してくる相手に自分からメールを打ったりはしないだろう。

「シェル。」

クォーツの声にはっつ我に返る。
ここはいつもの住宅街ではない。戦場だ。

「すみま……。」

「足が震えてる。大丈夫か?」

優しい、そう感じる次に、重ねてしまう。
リチアとクォーツを。
違う人間なのはよく分かっている。分かっているけど、重ねてしまう。
いつからこんなにもリチアを感じるようになったのだろうかと、シェルは眉を寄せた。

「……大丈夫、です。」

「目標発見ー。」

シェルの声と重なるように、先頭にいたガーネットが剣をモンスターに向ける。
剣先、数十メートル離れたところに、ポツリと黒い大きな物体が見えた。
逆行によって影にしか見えないそれをよくよく見れば、微かにだが動いている。
あれが、Bランクモンスター。

「行け。」

「アイアイ、サ〜。」

低く、静かに言い放つクィーツの声に驚いていれば。
ガーネットは普段どおりのゆったりとした口調で返事を返せば、その場にはもういない。
気がつけば、遠く離れた敵のすぐ近くへといる。
この遠距離をほんの一瞬で、移動できるなんて。
信じがたい光景に目を見開く。

「これが、ガーネットを囮にする理由だ。危険になっても、瞬時に判断してスピード良く逃げられる。」

 ガーネットを見つめて、クォーツが言葉を漏らす。
静かに、そっと、バングルに回復の魔石を挿入する。
強く、確かなことをクォーツは云う。それはガーネットを信用しているから。
でもやはり、それと同じくらい心配しているのだと填めた魔石を見てシェルは思う。
 ガーネットは己の大きめの剣を容易く操り何度もモンスターに対して振り下ろす。
一歩下がり、一歩踏み出し。繰り返す。
頭部に剣が掠った時、モンスターの低い声が聞こえた。

「んじゃ、そろそろ行こーうぜ。」

 重苦しい空気を断ち切ったのは、ダイだった。
シェルの斜め後ろに立っていたダイはすたすたとクォーツの元まで歩いてくる。
我に返ったように、一瞬目を見開いたクォーツだが。
何事もなかったかの様に、フワリと笑って。

「ああ、全員絶対に生きて帰るぞ。」

その言葉に、皆が笑んで頷き走り出す。
 まるで、最後のような微笑が痛く脳に焼きついた。
 走り始める仲間の背を追いかける。この隙間を空けてはならない気がして。
震える足を叩きなおして、無我夢中に、走る。

「リーダー駄目だよー。こいつビクともしなーい!」

 背を向けたまま、ガーネットが声を上げた。
剣を構えなおし、再度斬りつけるが、まったく効いていないようだ。
それでも尚剣を振りかざそうとするガーネットに向かいダイが声をかけた。

「どいてろ、ガーネット。」

ダイが走り出し、モンスターの背後に入り細長い剣を突き刺す。
僅かに、モンスターが呻いた。
弱点は頭部。丁度真ん中。
弱点さえ見つかれば、あとはそこを狙えば楽。
シェルは自分たちへのチャンスを見つけた。

「ダイ、そのまま突いていろ!後衛は少し離れろ!回復とシールドがある奴は援護に回れ!!」

 クォーツが声を張り上げる。
シェルは左手に握り締めていた銃を思い出し、少し下がって構える。
見据える先にはモンスターを引き裂こうと何度も剣を振り下ろすガーネット。
その少し後ろでクォーツが魔方陣を作り、炎を唱えた。
赤く揺らめく魔方陣から大きな炎の柱が立ち、クォーツを包みながらモンスターへと伸びてゆく。
モンスターを包んだ炎の柱がぎゅっと小さくなり、モンスターごと締め付ける。まるで、炎が生きているようだった。
炎が静まったところで、大きく飛び跳ねたダイがモンスターの後ろから姿を現し、頭部目掛けて剣を振り斬った。
低く、くぐもった声がモンスターの口から零れる。
その瞬間、ガーネットとクォーツが斜め後ろへと飛び跳ね移動をする。
同時に後衛が一気に魔法陣を造り出し、その隙にがんマスターが銃を構え、撃つ。
モンスターの顔面に初弾が撃ち込まれ、時間差で魔法弾が力を出す。
モンスターの身体を炎が包んだかと思えば、頭上から落雷が。
ここで魔法陣が完成し、3人が順に魔法を放つ。
初めは重力。モンスターが煙を出しながら地面へと叩きつけられる。
次は氷。潰れた身体をそのまま凍らせる。
最後の魔法、風を放つ前にダイとガーネットが剣を大きく振り上げて氷のオブジェとなったモンスターに突き刺す。
氷は砕け去り、風の魔法が冷えて弱ったモンスターの身体に鋭く切り裂いてゆく。
クォーツはその間にガーネットやダイなどに回復の魔法を放ち、周りに指示を送っていた。
 勝てるかもしれない。
ダイがニヤリと笑った、刹那の出来事だった。
モンスターが急に激しく暴れ出した。
長い腕を振り回す、後衛までもが巻き込まれる。棘のように硬い毛を使い、上手くダメージを与えてきた。
先程魔法を放った3人が瞬時に回復魔法を放つ。が、間に合わない。
モンスターは飛び跳ねて、その重い体を後衛のマジックマスター目掛けて落とした。
 BランクモンスターがBランクなのはただ攻撃力が強いからではない。
知能も良いのだ。
後々仲間を回復させて自分の邪魔になる者を増やされるのは困ることだ。
だから、回復の出来るマジックマスター3人が近くにいるのを確認して、先に攻撃をしかけたのだ。
ここに来て、シェルは本当の命の危険を感じた。
ここにいるメンバーは8人。その中でマジックマスターはクォーツを合わせて4人。
そのうち3人が今、モンスターの下敷きとなり命の危機に陥っている。
 ガーネットが走った。剣を大きく振り、下ろす。
モンスターの頭部に当たる。
それを合図に、後衛をしていたガンマスターが一斉に撃つ。
雷や炎、風がモンスターへと放たれる。
同時に、下敷きになって呻いている3人の仲間へと、クォーツが回復を放った。
しかしモンスターの真下ということもありなかなか上手く回復を当てることが出来ない。
クォーツの顔に焦りの影が見えてくる。
 ダイが魔法が引いたのを確認し、モンスターに切りつける。
ことが出来ずに、吹き飛ばされた。
シェルはダイの身体を目で追いかける。
何があったか分からない。一瞬の攻撃だった。
目には見えない程早い。ガーネットの走る速さと同じぐらいのスピード。
腹から血を流し、ダイがよろよろと立ち上がる。
クォーツが回復を放つが、あまり効果が無い。
内臓が完全にやられているようだ。
腹部を剣の持っていない左手で押さえるものの、そこからま止め処無く真っ赤な血が噴出す。
その身体はカタカタと震えている。
仲間を安心させるために必死に堪えているようだが、それさえも無意味になってくる。
 ガーネットが走り出した。
モンスターも腕を動かした。
目で見ることが出来ない、双方の攻撃。
ガンマスターであるシェルも攻撃をしたいのだが、ガーネットが今どこにいるかがいまいち把握出来ていない為、闇雲に撃つことはできない。
刹那、ドンッという鈍い音と共に、小さな呻きが聞こえた。
ガーネットが血を流して倒れていた。
肩や頭部、脚にも大きな切傷がある。
ダイよりも酷い傷。
意識を失ってしまっているようで、ビクともせずにそのまま横たわったままの姿が痛々しく感じた。
クォーツはダイに回復するのを止めて、ガーネットに回復をする。共に、未だ下敷きにされた3人のマッジクマスターにも魔法を放つ。
 シェルは、銃を構えながら確信した。
このままでは、

全滅する。

 シェルは自分の身体が恐怖から小刻みに震えてゆくのを感じた。
それは、この世界に未練があるからで。
まだ、生きていたい証であって。
会いたいヒトが、いるから。
震える唇が、声を発せずに小さく動く。
意味のある、ひとつの単語を呟こうとする。
すべて、無意識の内の出来事。
 モンスターの瞳がくるりと動く。
ターゲットが変わった。次の目標は、クォーツだ。
ずっと一人で仲間に回復を掛けているのだ。モンスターからしてみれば邪魔なだけの存在。
腕を振り回す、クォーツ目掛けて一直線。
シェルは、何も出来なかった。
身体が動く事が出来なかった。
ガンマスターのシェルには、剣でモンスターの動きを止めることも出来ない。
モンスターの動きを追って。

「――クォーツ、っ!!」

 ただ、叫ぶ事しか出来なかった。




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