Buon Compleanno.

□Lr.05
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*東ブロック 住宅エリア

 困ったものだ。
リチア=ラズライトはひとり、溜息を吐いた。
先程から何度も似たような場所を通っている気がする。
しかしこっそり目印を付けておいた赤の×は先程から見ることはない。
もしかしたら消されてしまっているだけで、同じところをぐるぐる回っているのではと不安になる。
約束の時間があるのに、そう心のどこか遠くで考えながらリチアはとうとう立ち止まってしまった。
家を出て、聖都に向かえばドクターが待っている。
しかしリチアは聖都まで歩いて行くことがまだ片手で数える程しかなかった。
道に慣れず、分からなくなってしまったのだ。
つまり、迷子。
 天の中央には高くそびえる数本の高層ビルで作られた、聖都がある。
その周りを囲むように4つに分けられたブロック。
リチアが住む東ブロックの殆どが住宅街として使用されている。
住宅が密集していることもありエリアごとに中央広場が設けられている。
そこには木々が立ち、花壇には色鮮やかな花が咲く。
緑化活動が活発なのは良いが、全ての広場が同じ作りになっている為、慣れないとリチアのようになってしまうのだ。
北ブロックは東ブロックと代わって賑いのあるショッピング街が殆どだ。
情報が飛び交い、聖都の次に人の行き来が多いブロックである。
南ブロックは簡単に云えばリゾート地だ。
他のブロックとは違い周りが森の様に木々で埋め尽くされ、本当に小さな規模での運営。
しかし贅沢過ぎるその施設は一年前から予約をしなければならない程。
そして、西ブロック。
ここは危険地帯として一般人の立ち入りが禁止されている。
地と天を結ぶ正規ゲートは聖都のみ。
しかし何処からかゲートが出来てしまい西ブロックと繋がってしまったのだ。
その結果、西ブックには地から不法侵入したモンスターで一杯になってしまったのだ。
 東西南北、全てのブロックは一度聖都を通らなければいけないようになっている。
その為、聖都は早朝から深夜まで、永遠に人が絶えることなく騒がしい。
 リチアは聖都と東ブロックを結ぶゲートを探しているのだが、どうしても見当たらない。
母親を頼ってみようかとも考えたが、もう家までも辿り付けないかもしれないと諦めた。
それでも進まなければわからないまま。
立ち止まった足に云い聞かせてリチアはもう一度歩き始めた。
鳥たちがリチアの周りを飛んでゆく。
いつもそうだ。リチアの周りには動物が集まる。



 聖都で暮らしていた時も、不思議なことが起こった。
研究塔の一室、階は恐ろしく高いところだった。
薄く開けた一つの窓から、聞きなれない生命の鳴き声が聞こえた。
それが何の音かも理解できていなかったリチアはそっと窓を全開にした。
薬品の臭いが染み付いた部屋の空気が一瞬にして新鮮なものに変化する。
と同時に数羽の生物が一斉に室内に侵入してきた。
驚きのあまりリチアはその場で凍り尽くしてしまった。
しかし鳥たちはリチアに徐々に近づいて行き、リチアもおそるおそる手を差しだしてみたところ、1匹の生物がその手に乗ったのだ。
リチアは何とも云えない初めての気持ちに、顔には出ないが静かに喜びを感じた。
喜びに、このことをドクターに知らせようとマイクボタンを押した。

『リチア、どうかしたのかい?』

その声に驚いたのか、危険を察知したのか生物たちは一斉に窓から出て行ってしまった。
その姿をリチアは見ながら。

「……ちゅんちゅん。」

と、初めて聞いた得体の知らぬ物体の声を真似してみた。



 そんなことを思い出しながら歩いていると十字路に入ろうとした。
さて、どちらに行ってみようか、とリチアは迷った。
結果右に曲がろうと身体を少々捻じった時だった。
ドンと、何かにぶつかった。

「い、った〜〜〜っ!!」

そこにいたのは茶色の長い髪を持つ少女だった。
歳は同じくらいだろうか、健康的な肌色はリチアと比べると濃いものだった。

「……ごめん、なさい。」

「こっちこそごめんねっ!!」

慌てながら立ち上がろうとする少女にそっと手を差し出す。
よく母やドクターがリチアが座っている時にしてくれるものだ。
マネをしてみたのだが、相手は驚いたような顔をしてこちらを見ている。
もしかして使い方を間違えたのかと不安になってゆく。
しかし少女は、にっこりと笑って。

「ありがとっ。」

そう云ってリチアの手を握り、立ちあがった。
優しく笑う少女をリチアはじっと見つめた。
茶色のフワフワの髪を無造作に下ろし、走っていたせい肩を上下に動かす。

「何?」

じっと見つめてくるリチアを不審に思ったのか、笑顔を消し去り眉を寄せた。
リチアは地面を見つめた。
此処は、どこだろう。
目の前の少女に場所を聞いたところできっと聖都に辿り着くことは無理であろう。
ならば道を聞いてみようか、と。
リチアの辞書にはまだ、恥などと云う言葉は無かった。

「悪いが、聖都へはどう行けばいい。」

「あれ、貴方も行くの?」

話が噛み合わない。
それでも不審そうな面は消え、また笑顔に戻った。
リチアは何故かほっとしている自分に気がついた。
少女は何かをひらめいたかのように口と目を大きく開けた。

「ね、一緒に行こうよっ!」

「……聖都、着ける?」

「大丈夫!私も寝坊しちゃったんだよね。」

気負けしてしまい、言葉がうまく出てこない。
それから少女の早口な言葉をよくよく考えてゆく。
"私も寝坊しちゃった"とは、どうゆうことだ。
リチアは別に寝坊をした訳ではない。
どちらかといえば、道に迷った時の為に1時間程早く家を出たくらいだ。
結局は道に迷ってしまったのだが。

「ほら、行こっ!」

「う、わっ。」

突如右手を握られたかと思えばぐいっと引っ張られる。
それは先程リチアが歩いてきた道。
やはり途中で戻っていればよかったと後悔した。
 横を走る少女の顔をちらりと覗き見る。
少女はスッテプを踏むかのように、楽しそうに走る。
薄めの茶色の短い髪はサラサラと風になびく。
ピンク色のタンクトップにはひとつ花の刺繍があるだけ。
ボトムも足のラインがくっきりとしているものを身に着けていた。
数日前に母親が見せた雑誌を思い出す。
そこには足や腕が長く、ウエストが細くて腰の位置が高い女性が沢山載っていた。
女の子たるものその女性たちのように"オシャレ"をしなければならないらしい。
しかし、今目の前にいる少女はといえば。
失礼であるとは分かっているが、お世辞でも母の云うオシャレには程遠い気がした。
しかし少女の腕や脚はとても綺麗だった。
綺麗と云うのはとても引き締まって見えるそれだ。
医療塔にいた時に何度か見かけた怪我を負った男たちを。
それらは皆、腕や脚が引き締まっていた。
あれは何かとドクターに問えば、"筋肉"だと分かった。
この少女は彼らの持つ筋肉と同じ様なものを持っているのだ。
 でも、何故こんな少女がこんなにも引き締まった体を持っているのだろう。
リチアは走りながら、そっと疑問を抱いた。




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