Buon Compleanno.

□Lr.03
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 近づいて行く剣の擦れる高い音。魔法の発動する、熱波。
近い、すぐ近くだとリチアの聴覚は確認する。
ミサラヂィ・ブレイドを鞘から取り出して、柄のロックを解除して回転させ柄を出す。
右手に剣を持ちながら、走る。
もう、すぐ近く。足のスピードを上げる。
勝手なことをしてはドクターに怒られるだろうが、今は関係ない。
何か、リチアにも分からない胸騒ぎがしたのだ。
自分でもよく分からない何かに反応して、今、自分は動いているのだ。
全てが決められた道だとしても。
まっすぐに歩むことを止めたくないから。
守るものを、この手で守りたいから。
でも、リチアは疑問を覚えた。
確かにリチアは守りたいと思う。でも、何を?
はっきりしたものが見つからなかった。
家族?友人?国?

――キオク?

 住宅街の角を曲がったところだった。
視界に大きな黒いモンスターの背が見えた。
左に黒髪の女が一人血を流している。
脚や肩、頭部に良く見れば腹部も傷があり、血がドクドクと庭の草の上に流れていた。
とにかく酷い出血だった。
早く止血をしなければいけないだろう。
モンスターの下にも、見える限りで2人が下敷きになっていた。
小さく、震えるかのように自分の生存を周りに伝えるためにか指を動かしていた。
しかしその指も力なく、小さく微かに動くだけ。
モンスターの下敷きに長い時間なっているままなのだろう。
モンスターの影になっている奥の方はよく見えないが4人ほど気配を窺える。
ひとつはかなり気が薄くなって揺らめいている。
怪我をして無理をしているのであろう。
もうひとつは冷静な気。
もう二つの気は。
 刹那、モンスターが棘の様な毛で覆われた大きな腕を振り上げる。
瞬時に反応をし思いきり右足を踏み込む。
共に刃のロックを解除する。
左足を踏み込みながら右手を横に振り刃を出す。
3歩目の右足が出た時に刃のロックをして固定する。
4歩目で思いきり踏み込み、飛び跳ねる。
そしてブレイドを振り上げた時のことだった。

「――クォーツ、っ!!」

 懐かしい声。
それを認識すること無く、モンスターの振り上げた腕を切り裂く。
肩から左手を一気に裂き斬られたモンスターは低い声を精一杯上げて叫ぶ。
 リチアは目の奥が熱くなってゆくのを感じた。
闘う時に、いつもどうしてか光を放ち熱を発する瞳。
ドクターは自身を守る為に細胞が活性化している証だという。
リチアにしか出来ない、特別な力だ、と。
何故、そんなこと聞かなかった。
疑問すら持たなかった。
何も出来ない、何も感じない、心がなかった。
今の自分があるのは、全て一人の少女のおかげだ。
それを守る為なら、自分はなんでもするだろうとリチアは思った。
 そこで、先程の疑問がすっと消えた気がした。
そうだ。自分が戦っている理由。
前を向いて歩いているワケ。
全部はあの娘のためで。全部、あの娘のおかげ。
モノクロの世界を鮮やかに染めてくれたのも。
全部、全部。シェルのおかげ。
だから、与えてくれた以上の想いで、守りたい。
リチアに出来ることは、それくらいだから。
 未だに叫び続けるモンスターの背に向かって飛び跳ねて。
斬りつける。
痛みで前のめりに倒れるモンスターの上に飛び乗る。
 下敷きになっていた者の姿が3人確認出来た。
弱っているものの皆生きていた。
咳き込みながらも、自力で回復魔法を放つ者もいた。
それに続いて、他の2人もゆるゆると力の入らない身体を無理矢理動かす。
すこしでもリチアの邪魔にならぬよう。
その身を守るために。
モンスターから避け、横で血を流しながら倒れたままの黒髪の女の元まで行く。
震える腕を持ち上げ、女に向かって回復魔法を放つ。
 モンスターの影によって見えなかった奥。
その中で一番の気の落ちていた者を見つける。
眉を顰めてこちらを睨み付けていた。
暗いブルーの瞳を細めて。
まるで助けはいらなかったとでもいいたいかのような眼差し。
その男は腹部から血を流し、脚を伝って整備された道路の上に広がっていた。
もう少しで貧血で倒れるかもしれない。
しかし内部のものが裂けているかもしれない。
そんな状態でよく立っているとリチアは驚いた。
 全ての弱った気を確認すれば、ブレイドを持ち直す。
重力に素直になり頭部目掛けてブレイドを思い切り突き刺す。
モンスターが悲鳴を上げる前にもう一度ブレイドを振る。
毛で覆われた、おそらく首だと思わしき場所目掛けて。
ドブッ、と大量の血が巡り放出する音が聞こえた。
 住宅街に千切れた断末魔が響く。
頭部と首から噴き出した血がリチアの左胸当たりを真っ赤に染めた。
左の頬をも染める。
大量の血がリチアの左半身目掛けて噴出され、流れ落ちてゆく。
 モンスターは声を無くし、完全に停止。その命は尽きた。
 リチアは突き刺したブレイドを引き抜きながら立ち上がる。
ブレイドの刃全体が赤く真新しい血に濡れていた。
真っ赤で新鮮な血。
肘から思いきり腕を振り、ブレイドに付いた血を宙に飛ばす。
鞘の横ポケットから布を取り出して刃を綺麗拭く。
錆びることなく、光沢を持ち続けるその刃のロックを解除して刃をしまう。
もう一度ロックを掛けて柄のロックも同じようにして元のコンパクトなものに戻す。
鞘にブレイドをしまい、モンスターの背から飛び降りる。
 瞳の熱さは引いた。
数日前は何故あれほどまで熱が引かなかったのだろうか。
何故今日のようにすぐに沈黙しないのだろうか。
リチアにもわからない、記憶が瞳を通して何かを感じ取ったのかもしれない。
それでも、何も、分からなかった。
 リチアは左右で横たわった者を見る。
皆血を流したり、筋や骨をやられているようだ。
身なりや、胸に付けたプレートを見ればC部隊のようだ。
しかし敵のモンスターのランクはBぐらいであったはず。
何故C部隊が派遣されたのだろうと、小首を傾げた。
しかし、今ここで考えたところで事態は何も変わらない。
あとは軍や研究塔、医療塔の連中が駆けつけるのを待つしかない。
でも、リチアがそれらを待つ意味はない。
ならば早々に退散して母親との約束を果たそうと思い、歩き始めようとした時のこと。

「あのッ。」

背後から声を掛けられる。
声の方を振り返れば茶色の短髪の女が腕から血を流して立っていた。
それは位置からすれば先程モンスターが腕を振り上げて狙っていた者だろう。
バングルに魔石が填っていることから、女はマジックマスターなのだと理解出来た。
恐らく仲間に回復をする女をモンスターは邪魔だと判断したのだろう。
なんとも運の悪い。

「ラズライト殿、今回は応援有難うございました!」

女は血を流した方の腕を不器用に上げて敬礼をした。
その姿が、酷く痛々しく見えた。
敬礼した腕はビクビクと震えていた。
早めに止血、そして輸血がした方がよさそうな程の深い傷の様だった。
 何故、自分の名を知っているのかと聞きたかった。
しかし急ぐと決めたのだ。
無駄に質問して長居をしてしまうのは御免だ。
今は素早く退散したい。

「…別に。聖都に向かう途中だから。」

それだけ云ってその場を後にしようと足を進めた。
怪我を負った者を放置して行くのは、流石のリチアも胸が痛かったが今日は魔石を一つも準備していなかった。
ここにいても何も出来ないだろうと判断しての行動でもあった。
何も出来ない奴がいても、ただ邪魔になってしまうだけ。
それでも、やはり家を出てくる時に回復だけでも持ってくればよかったと後悔した。
 しかし彼らは軍人だ。
それも自分よりも強い相手との闘い。
よく備えて来たのだろう。
ならば、自分のすべきことは無い。
彼らも彼らのプライドがあるのだから。
 目指すは聖都、研塔。
きっと今回の闘いについてもさまざまなことを聞かれるかもしれない。
面倒臭いな、とリチアは思いながらも重い脚を前へと進めて行く。
聖都に入ってからはすぐに監視カメラがプレートのIDを読み取り、それに追われることになるだろう。
それを知らされてドクターも動くことになるだろう。
 真っ白で、周りの物音が聞こえない部屋。
薬品の臭いが部屋だけでなく通路にまで漂う塔、研究塔。
長いことそこに居れば、機械のオイルの臭いのほうがまだマシだと思うほどだ。
そこに行くとなると、自分で自主的に行くのだが、やはり億劫になってしまう。
出来れば永遠に行きたくないと思う程。
リチアの絶対に行きたくない場所ランキングの上位にいた。



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