小説

□休息
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ちゃりん…

ちりん…




風鈴の音が静かに鳴る


心地よい風が剣心と薫の頬をなでる








(剣心―――)








ガラ


「薫ちゃん、剣さんの様子はどう?」

「恵さん…
相変わらずです。もううなされてはいないみたいだけど…」

「一応傷の手当てはしたし…あとは剣さんの体力次第ね。」

「はい…」




剣心は志々雄との戦いを終え、重症のため一週間たった今も眠り続けていたが、薫はその間、ぴったりと傍にくっついて剣心の看病をしていた。











声が聞きたい
いつもの柔らかい笑顔が見たい







(剣心…早く目を覚まして…)






「あなた、いい加減少しは休みなさい。ここ一週間、食事もろくに取ってないでしょう。あなたの方がバテちゃうわよ。」

「でも剣心が…」

「ばかね。剣さんが目覚めたときあなたが倒れてたんじゃ元も子もないじゃない。ホラ、下に朝食が出来てるから…。みんなも心配してるわ。」



恵に促され、薫はしぶしぶ下へ降りた。
下では操をはじめとする御庭番衆の面々が朝食をとっており、左之助と弥彦はすでにたらふく食べたらしく座敷に寝転んでいた。



「あっ薫さん!緋村、どう?」

操の問いかけに薫は小さく首を横に振る。

「そう…。まあでもあの緋村のことだよ!傷は恵さんが完璧に手当てしたんだし…きっとすぐ目ぇ覚ますって!だから、薫さんも少し休んだ方がいいよ?」

心配そうに操は薫の顔を覗き込んだ。

「そうだぞ嬢ちゃん。剣心が起きてきたとき嬢ちゃんが元気なかったら剣心も心配するぜ。」

「そうそ。薫は元気だけが取り柄なんだからな。」

「なによ!」

ポカっと弥彦の頭をぶん殴る。
憎まれ口をたたいても弥彦もみんなも薫のことを心配している。

その心配が薫にも伝わってくるので、薫はおとなしく席に着き、朝食を食べた。





「食事が済んだら少し睡眠をとりなさい。全く…少しは自分の体のことも考えてほしいわ。」

ぶつぶつと小言を言う恵に、またも言われるがままに従い2階へ上がった。



「ほら、布団敷いてあげるから。」

「あの、恵さん……」

「なぁに?」

「…」


無言の薫に恵は小さく溜め息をついた。


「わかってるわよ。剣さんが心配で眠れない、なんて言われちゃ敵わないものね。布団は剣さんの横に敷いとくわ。」

「…ありがとう。」


薫は少しバツが悪そうに俯いた。






恵が下へ戻ると、無理やり布団に寝かしつけられた薫は起き上がり、横で眠っている剣心の顔を覗き込んだ。








「剣心」



呼んでも起きない剣心の手を、薫はそっと握る。



「剣心――…」



自然と流れ落ちる薫の涙が剣心の頬に落ちる。









体中にはたくさんの負傷の跡―…
薫はぎゅっと剣心の手を握った
一度さよならを告げた唇が、もう一度自分の名を呼んでくれることを願って…













































「か…おる…どの…?」


「―…!!
剣心!!!」


剣心の目がゆっくりと開かれる。


「薫殿…
そうか…ここは葵屋…でござるな…。
眠っていたのか…」


うつろうつろに、だけど確実に意識を取り戻してゆく剣心を見ると薫は胸にこみ上げるものを押さえ切れず、はらはらと涙をこぼした。


「ね、眠ってたなんてもんじゃないわよ
!ずっと…一週間も目が覚めなくて…すっごく心配したんだから!!!」


「そうか…薫殿、心配をかけてすまなかった…」


剣心は薫の頬を伝う大粒の涙を、弱弱しく微笑みながら拭った。
いつもの優しく、どこか哀しそうな笑顔―…
普段ならそれは、胸を締め付けられるような切ない感覚に陥るものであったが、今回ばかりは薫の心をひどく落ちつかせた。



「…っつ」

「あっまだ起きちゃだめ!もうちょっと休んでて…」


薫は起き上がろうとする剣心をすばやく止め、布団に戻す。


「かたじけないでござる」

「ううん…
けど目が覚めてよかったわ…。
あ、待っててね。今、恵さんやみんなに知らせてくる…!」



「あ…」


「え?」




立ち上がろうとしたとき、クイっと何かに引っ張られたのを感じて振り返ると、剣心が着物の裾をつかみ、こちらを見つめていた。





「…剣心?」




「…もう少し…このままで…」




「―…うん…」





恥ずかしそうに俯く薫を見て剣心はクスっと笑い、ゆっくりと目を閉じた。

















































―――夢を、見た




そこは
薄暗い闇の中


自分の足元には花畑。
目の前には一本の長い川が流れている


恐らくそれは―

『三途の川』



川を挟んだ向こう岸にはこちらの花畑とは打って変わった光景


真っ暗な闇


そこにぼんやり見えるのは顔のぼやけた父と母、それに姉達―。



川の中には自分が今まで殺してきた人々が恨めしそうにこちらを睨んでいる







―お前はそちらにいていい人間ではない。

―渡れ。渡れば楽になれる。

―生など元々お前にはふさわしくない。

―悩め!

―苦しめ!










―さあ、渡れ――…!!!












「―…。」






















――『…剣心』










「薫…殿?」









『剣心』









「薫殿!!」


























『みんなで一緒に東京に帰ろうね』

























「――…!!」



























そこにあるのは、愛しい愛しいあの女性(ひと)の笑顔。


愛しくて
大切で

自分の気持ちに鎖をかけ
周りを欺いてでも『守らなくては』と


一度手放したあの女性の姿――…。






































































…もし、あのまま薫の声が聞こえなければ
自分はあの川を渡っていただろう

薫のあの言葉に、声に
何度救われたであろうか…




薫のほうを見ると、嬉しそうにこちらを見て微笑んでいる。




(本当に助けられてばかりだ…)



自分が守るはずの少女に助けられているのを剣心は心の中で苦笑した。







「薫殿」


「ん?」
















































…―ありがとう。























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