SS

□影踏み
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 その日も普通に出来ていたはずだ。学校の授業もきちんと受けたし、ハントだって成功した。
 なのに、今日は何か気分がすぐれない。
 何かあったわけではない。いつも通り、そういつも通りに過ごしたはずだった。ゆらゆらと揺れる自身の影を見つめながらタイキは歩いていく。
 黙っていたシャウトモンがタイキの服の端を引っ張って心配そうに見上げた。
「タイキ、あんま考え込むなよ」
 そう言ってシャウトモンはタイキと同じように自分の影を見つめてから、空を見上げた。
「デジタルワールドに起きた異変やこの町にデジモンたちが集まる理由がわからないのはもどかしいかもしれねぇが、考えすぎるのもよくない」
 シャウトモンの言葉にタイキが曖昧な返事を返したのは今自分が考えていることは違う(もちろん、それもほっとけないのだが)ということだったがシャウトモンはわかるはずがなかった。
 タイキがシャウトモンを見ると彼のトレードマークであるマフラーがゆらゆらと揺れている。彼は真っ直ぐな瞳で空を見上げていて、彼の変わらぬ真っ直ぐさに心が苦しくなる。
「なぁシャウトモン」
「なんだ?」
 急にタイキが立ち止まったのでシャウトモンは一歩彼より踏み出していた。それはシャウトモンの体と同じでとても小さいものだった。シャウトモンが振り返るとタイキは穏やかな表情で笑って、シャウトモンを見下ろす。
「この戦いが終わったら、オレたちをシャウトモンの城に招待してくれ」
 以前より落ち着いた声に少しだけ淋しくなりながら、シャウトモンは難無くその言葉に応えた。
「そんなの、お安い御用だぜ。何たって、タイキだからな」
 と言っても人間が再びデジタルワールドに来れるかなど確証がないのだが。ワイズモン辺りに言えばどうにでもなるかもしれない。
「……また、終わったらか」
 タイキが寂しそうに呟いたのをシャウトモンは聞いていたがあえて流した。この戦いが終わったら、また別れが来るかもしれない。それを言ったらシャウトモンだってタイキと同じ心になってしまうから、あえて流す。
「シャウトモンがどんな感じなのか見てみたいな」
 タイキは少しだけ寂しそうにしていた。
 夕方の帰り道は車が通らず静かでよりそんな気持ちを強めるようだった。シャウトモンは明るく声を出して、タイキを見上げる。
「惚れ直すなよ」
 シャウトモンの言葉に対しクロスローダー越しから誰かの呆れたような声が聞こえてタイキはくすりと笑った。
「どうかな。また無茶してないか、後で聞いとこうか」
「なっ」
 冗談だよ、とタイキはシャウトモンをからかうように無邪気に笑って見せる。
「大丈夫さ、シャウトモンがいるんだ」
 シャウトモンがいるから、まだブレーキが効く。
 タイキは本当に素直にそう思って速球に言ってしまっていた。先程心配していたことを言っているのだとわかった途端にシャウトモンが顔を更に真っ赤に赤らめた。タイキは見ていない。
「シャウトモン?」
「タイキ……、おめぇって奴は……」
 彼のことだ、無自覚に違いない。人間に恋情を抱いたのは初めてだったが、タイキほど難しい男はいない気がする。シャウトモンは一度息を吸って気持ちを落ち着かせる。首を傾げるタイキに「なんでもない」と返して再び彼を見上げた。
 しかしそんなことを言われるということは、それほど信頼を置かれているということでもある。相棒であるシャウトモンをタイキは一番理解していて、シャウトモンもまたタイキのことを一番理解しているつもりだ。
「それなら心配いらねぇな」
 タイキの言葉に嬉しくなるのはタイキとだからこそだとシャウトモンは思っている。実際ここまで信頼しているのはタイキたちだけだし、これからもそうだろう。今まで二人で、みんなで駆けてきた時は忘れられるものではない。
「なぁ、シャウトモン」
「ん?」
 静かにタイキが足を一歩踏み出すと、シャウトモンの影を踏んだ。タイキは少しだけ言葉を選ぶように逡巡する。けれど視線は真っ直ぐにシャウトモンから外さずにいた。


「オレは、シャウトモンのことが好きかもしれない」


 シャウトモンの目を真っ直ぐに見て、タイキは告げる。
 二人っきりの帰り道。静かな住宅街。鮮やかな橙色がまるでいつもと違うような気がしながら、シャウトモンはタイキをゆっくりと見た。
 タイキはシャウトモンの視線に気まずそうに顔を背ける。
「タイキ」
「ごめん、変なこと言った」
 早口にタイキはそう言って俯かせ急ぎ足で歩きはじめてしまった。慌ててシャウトモンも歩きはじめる。
(ガムドラモンにシャウトモンの視線を奪われるのがなんだか悔しかったんだ。今更気づいた。空を見上げるシャウトモンを見てなんだか胸が苦しかったのは、オレを見てほしかったから)
 家に着くまでの間二人は何も喋れなかった。タイキは今の関係を崩すことが恐ろしかったし、シャウトモンもそんなタイキを気遣ってしまい自分の気持ちを伝えることが出来なかった。
「オレはクロスローダーに戻るぜ」
「うん」
 玄関の前でそれだけ会話して、後は気まずい雰囲気だけが残る。
「ただいま」
 なんてつまらない嫉妬で、あんなこと言ってしまったんだろう。先程より気分が優れない。ふと視界が歪んだ。





2012.2/11

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