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□終わりから夢の続きへ
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 クオーツモンとの戦いが終わり、デジモンたちとも分かれた後。気持ちいい日差しの降り注ぐお台場で戦いを終えたハンターたちは余韻に浸るようにそこにいた。
「ガムドラモン……」
「オポッサモン」
 ぽつり、と零されたタギルとアイルの声が公園に響く。あまりにもあっけない別れだったからか二人は寂しそうにクロスローダーの画面を見つめてうなだれていた。そっと二人に近づいたユウも、どこか寂しげな面持ちをしている。それはここにいた誰もがそうだった。あまりにも薄情な別れでそれぞれ別れの挨拶すら出来なかった。いままで一緒にハントをしてきたパートナーだ。それぞれ思い入れだってあっただろう。
「さて、クオーツモンも倒したことだし俺たちは学校に行かないとだな……。たしかもうぎりぎりじゃなかったっけ」
 しかしタイキの言葉に皆一気に現実へと引き戻した。たしかにパートナーとの別れはつらいが自分たちにも生活があるのだということをすっかり忘れていて、一番にタギルが慌て始める。あのとき既に遅刻ぎりぎりで時が動き始めた今、遅刻寸前なのは明白だ。ガムドラモンがまだいたら呆れられそうでもある。
「そうだったぁー! 遅刻だぁぁぁぁぁ!」
 タギルの絶叫にユウは苦笑して、しかし自分も遅刻するわけにはいかないのでタイキの部屋に置きっぱなしのかばんを取りに行くためタギルの腕を引っ張った。今日は制服を着てないということはおそらく学校は休校なのだろうアカリはくすくすと笑い声をもらしている。発言したタイキとて、学校に遅刻するわけにはいかないので立ち上がろうとした。が、その前にキリハに手を掴まれる。
「お前は病院行きだ」
「えっ!?」
 キリハの言葉に思わず声を出してしまったタイキだったがキリハの方は眉を吊り上げてタイキの腕を吊り上げた。やはり傷が痛み、タイキは顔を痛みに歪めながらもキリハを見る。それに気づいて駆け出しかけていたタギルとユウも立ち止まった。
 キリハは深々と溜息を吐いたかと思うとタイキ担ぎ込む。
「止血はしたとはいえ、そんな身体で動けば傷が開くだろうが。おまけにお前はすぐに無茶をするからな」
「ま、タイキ君らしいけど。でもあんまりアカリにも心配かけないで。私だって、心配よ?」
 ネネもキリハの言葉に苦笑しながらタイキの顔を覗き込み、彼の汗を拭った。アカリやみんなの心配そうな表情にタイキは気づいてごめん、と謝る。
「本当に、心配したんだからね……!」
 アカリは今にも泣きそうな表情をしていて、ゼンジロウは肩を竦める。あまり親交のあるわけじゃないがアイルやレン、ヒデアキだって重傷者がいてそのまま後で何かあったら嫌な気分になるだろう。
「じゃあ、今日は遅刻確定かぁ……。ユウ、先生に言っておいてくれ」
 理由があるのに無断遅刻というわけにもいかないので、軽傷で学校にいけそうなユウに教員に伝えるように頼む。
「わかりました、タイキさんの担任に伝えておきますね」
 ユウはしっかり頷いた。
 タイキが見渡すと離れた場所でこちらを見守るリョウマの姿があった。酷く暗い顔をして、こちらを見ている。思わず「ほっとけない」という気持ちが湧き出てタイキはリョウマの方に片手を伸ばした。
「リョウマも、肩貸してくれないか?」
「ぁ……っ」
 話し掛けられたことに驚いたのだろう、リョウマは一瞬目を見開く。けれどすぐに視線を逸らされてしまった。
「だーっ」
 しかし傍にいたタギルがじれったかったのか力強くリョウマの背中を叩きあげればしっかりと立っていなかった彼はよろよろと一歩、二歩踏み出してしまう。
「タギル……!?」
 振り返ってリョウマは彼に文句を言おうとしたが、タギルはにーっと笑って「行ってこい!」とリョウマの背中を押した。同じ目標を持つものとして、リョウマのタイキへの気持ちは聞き出したばかりだ。だからこそ、タイキとの中を深めるチャンスでもある今リョウマの背中を押した。
「ほら、行きなよ!」
「謝るなら今しかないんだからね!」
 それを見たレンとアイルもぐいぐいとリョウマの背中を押すものだからリョウマは結局、タイキの目の前まで来てしまうことになる。
「タイキさん……その」
 自分がクオーツモンに操られたがゆえに負ってしまった傷。謝らなくてはと思うのに言葉は出ず、リョウマは言葉を濁した。
 ずっと憧れていた人だった。なのに、彼を越えたいと思うがゆえに彼を傷つけてしまった。悔しさに、申し訳なさに涙が頬を伝う。
「リョウマ」
 タイキはなるべく優しく、リョウマの名を呼びそして、手を差し出した。自身を抱えていたキリハが笑ったのがわかる。
「肩貸してくれるんだろ」
 微笑んでみせればリョウマは一度瞬きをして、信じられないような表情を浮かべた。けれど、タイキにはあれはどうだっていいことだったのだ。彼の意思ではなかったのなら、それは彼のせいではないのだから。
 やがてリョウマはゆっくりとタイキの手を取った。その瞳にはまだ懺悔の色はあったけれど、今はそれでもいい。たしかに彼は悪い人間ではないのだ。



 着いた病院で診察してもらったところ、結局数日ここで手当しなければならなくなってしまった。思った以上に酷い傷だったらしい。考えればブレイブスナッチャーが右腹を貫通してたのだから、重傷じゃなかったらちょっとおかしいかもしれないとタイキは肩を竦めた。それでもクオーツモンにデータとして取り込まれた際多少塞ぎ始めていたらしく、ちょっとはましになっていたようだ。
「リョウマ」
 病室のベッドに座ってタイキはずっと部屋の隅の椅子に座って俯いたままだったリョウマを手招きする。キリハは病室の外で待っていると言っていたので心置きなく話せそうだ。一度息を大きく吸って吐く。彼のことを考えれば今は慎重に話さなければならない。
「なぁ、リョウマ。お前タギルと仲良くなったみたいだから頼みたいんだけどさ」
 この傷の件にはあえて触れず、タイキは話を切り出した。
「……なんですか?」
 リョウマは遠慮がちに聞き返す。まだ気に病んでいるのだろうか、とタイキの眉が下がるがそのままタイキは話を続けた。
「あ〜、うん。これからもタギルとライバルでいてくれないか?」
 このタイキの頼みに心底驚いたらしいリョウマは瞳を見開きあんぐりと口を開いた。いつもタギル曰くギザな態度ばかり見ているからかこの表情は珍しくなかなか面白い。思わず笑みを零したタイキに対し、リョウマは、戸惑い彼を凝視している。
「あいつ、きっとガムドラモンがいなくなって寂しいはずだからさ。ライバル同士ならあいつにちょっかい出してもらえないかな」
「タイキさん」
 苦笑しながらも後輩を心配するそのタイキの眼差しに、リョウマは一度考え込んだ。
 たしかに、そうかもしれない。タギルとガムドラモンはあんなにも息が合い、超進化以上の力を引き出す程の絆を作り上げていた。あの二人が離れ離れになってすぐに立ち直れるとは思えない。
「でも、なぜ私に」
 けれどそれを、チームであるユウやタイキではなく自分が支えなければならないのか。リョウマがそう問うとタイキはにっと笑って見せた。
「お前が適任だと思ったんだ」
 彼からの思わぬ期待に、リョウマは息を詰まらせる。自分に危害を加えた者に対しても変わらず接するその姿勢はさすがかつて英雄と謳われた男だ。だが彼のその器量の大きさは同時にリョウマの心を抉る。
「リョウマ、頼むよ」
 困ったような、有無を言わせぬような笑みにリョウマは視線を逸らし、しばらく黙り込んでしまった。
 操られて、傷つけてしまったのにそんな頼みを自分にしてくるなんてどうかしている。もう関わらない方がいいのではないかと思っていたのにどうして彼は遠慮がなく首を突っ込んできてしまうのか。その優しさが残酷にさえ思える。けれど、むしろそれが彼のいいところでもあるのだとタギルは言った。尊敬を滲ませた眼差しで、タイキと出会ったときのことを語ったのだ。リョウマが考え込んでいる間、タイキは黙って返事を待っていた。ただ視線を真っ直ぐに外さずリョウマを見つめている。
 ―― 元気のないタギルなど自分とて見たくはない。そんなのは彼らしくない。彼にはいつもいい意味で馬鹿でいてもらわなくては。同じ目標を持つ男として。
 一度息を大きく吸ってリョウマはタイキを見つめた。静かな病室ではそれが大きく聞こえて億劫に感じる程でもあったが、今の彼の願いが自分の出来る償いでもあるのだという思いで返事を出す。
「わかりました。私も、元気のないタギルなんて気持ち悪いぐらいですから」
「ありがとな」
 リョウマの返事にタイキは満足そうに微笑んで礼を告げた。
 彼の姿にリョウマは震える唇を噛み締めて、頭を下げる。最後に自分が彼を傷つけたことの謝罪を今ここで言わなくてはならないと思い、懸命に言葉を搾り出した。結局はまとまらないけれどそれでも言葉は喉を通して出てくる。
「タイキさん……すみませんでした」
 その謝罪の言葉にタイキは目を細め、リョウマの頭を撫でてやった。後輩にそうするように、その目差しは暖かなもので怒りという感情は浮かんでいない。
「お前は何も悪くないよ」
 たった一言。タイキはそう言って微笑んだ。
 彼の優しさが酷く胸に染み込んでリョウマの目に再び涙が溢れて頬を伝う。この優しさに救われているのだという実感と、タイキへの憧れが強く増していく感覚はリョウマの心に強く残った。
 リョウマが退室するのと入れ違いに入ってきたキリハはやや乱暴に置いてあった椅子に座ると腕を組む。
「パートナーがいなくなって寂しい、か。……それはお前も同じじゃないのか?」
「……っ!」
 キリハはそう言い、タイキの方をじっと見つめた。
 タイキは一瞬、泣きそうな表情をみせたがそれはすぐに寂しそうな笑みに変えた。内心言い当てられて悔しいとでも思ったかもしれない。
 一度別れている手前、寂しいなどとは言えなかったのだろうがジュネラルとして長く付き合ってきたキリハには彼の表情がわかりやすい。彼はシャウトモンとそれこそ兄弟のように接していた。そしてシャウトモンはタイキにとって一番最初に出会ったパートナーだ、別れはたとえ二度目でも寂しくないわけがない。急な別れであったというのに今度は、今度こそもう二度と会えないかもしれないとなれば尚更。
 だが彼は多分そんな弱音を吐くことをしない。笑顔で別れたからこそこちらも頑張らなくてはと一層「ほっとけない」も抱え込んで、これからも走り回っていくのだろう。彼の性格上、あまり弱音を吐くようには見えない。唯一見れたのは、シャウトモンが死んだときか。いつだって前を向いている彼だからこそ、こちらも"ほっとけない"というのに。
「お前の怪我が治るまでは日本にいてやる。泣きつきたくなったらせいぜい大声で喚くんだな」
 わざわざ言ってやらなければ吐き出すこともしない。まったくもって面倒な奴だとは思いながらも、キリハもそんなタイキの性格は嫌いではなかった。
「キリハ……たくっ」
「ふん」
 けれどそんな素直じゃないキリハの言葉もまた、タイキの気持ちを支えるひとつの柱となっていく。もしも寂しいと感じても、泣きついていい場所がある。もしも疲れて倒れても、受け止めてくれる人がいる。だからこそこうして笑っていられるのだ。デジタルワールドでだって、人間世界だって、自分は独りじゃなかった。誰かが必ず居てくれた。
 病室の外に複数の気配を感じてキリハは立ち上がる。彼がちょうど窓辺まで移動した辺りで扉が開いた。
「昼休みになったんで来ちゃいました」
 そう苦笑いしつつ扉に手を掛けているタギルを筆頭に、足音で既にが騒がしいぐらいの人数が扉から覗いてきている。皆結局、タイキの怪我が心配になってしまい全員で見舞うことにしたのだろう。それが嬉しくて、タイキは微笑みつつ彼らを手招きする。
「授業に遅れないといいけど、な」
 タイキにそう言われてタギルとユウは顔を見合わせた。
 そうしてしばらく話し込んでいると時間はあっという間で、まだ話し足りないけれど解散となってしまった。
 これでもう再びこうして集まることは二度とないだろうと皆それぞれが日常へと帰っていく。


 けれど、それぞれがパートナーたちと再会し、再びハントが始まるのはあと一ヶ月後の話である。







2012.8/12

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