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□穏やかな午後に想う
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 先程からどうしたのだろうか。そう思いながらもシャウトモンは自分のマフラーの伸びた片方を指先で掴んだまま思案してるのか黙っている相棒、タイキを見上げた。彼は戸惑っているような不安げな表情を浮かべたまま時折腕を揺らし、その度にシャウトモンのマフラーも揺れる。
 あまり声をかけていい雰囲気にも思えないためシャウトモンもずっと黙ったままだったが向かい合ったままそんな表情を浮かべられては気になって仕方ない。少し気後れしつつもシャウトモンはゆっくりと口を開いた。
「タイキ?」
「ん?」
 確認するような呼びかけに、タイキは首を傾げシャウトモンを見る。先程の表情は引っ込んで真剣に相手の言うことを待っているようだ。部屋に入る穏やかな日差しに目を細める。まるで何事もなかったように。
「……」
「なんだよシャウトモン」
 それを見てシャウトモンが黙ってしまったためタイキは更に首を傾げて聞き返した。いつの間にか手から離れたのかマフラーの先がゆらゆらと風に煽られ床に落ちる。
 ボリボリと頭を掻いてからシャウトモンはもう一度タイキの様子を窺った。けれどタイキに先程のような表情はなく、いつもの彼と変わらない以前より少し落ち着いた微笑を浮かべている。それ見てはなんだか胸がもやもやして身体が落ち着かなくなりシャウトモンは眉間に皺を寄せる。
「シャウトモン?」
 もう一度名を呼ばれたことでその"もやもや"の正体を考える余裕も無くなってしまい、こういうときばかりは彼の性格が憎らしく思えた。安心させるように笑ってやって「なんでもねぇ」と返すものの、内側ではそれが気になって仕方ない。
「なぁタイキ」
「ん?」
 呼び寄せて体を近付けたその瞬間を狙ってタイキの腰に抱き着く。それは自分を落ち着けるためであった。タイキと触れ合っていると落ち着ける。以前から思っていたことだ。彼が少し身を屈ませるとちょうど心臓の音も聞こえて心地好い。
「シャウトモン、どうした?」
「なんでもねぇよ」
 言いながら背中を摩ってやる。彼が弱い力で抱き返してきたことで、なんとなくもやもやの正体がわかるような気がしたけれどはっきりとはしなくてもどかしい。
 どうしてタイキはあんな表情を浮かべたのだろうか。溶け合うような高い熱がそれを打ち消してくれればいいのに。
 そう思って、シャウトモンはタイキの服を握り締めた。


(デジタルワールドと人間界じゃ、時の流れが違うもんな。こうやって数時間いるだけでも、あっちでは数ヶ月過ぎてるんだ)
 そう思ったときに、彼が無理して傍にいてくれてるんだと気付いた。彼は王様だからいつまでも不在にしておくわけにはいかないし、国民だってきっと国王がいないと不安だろう。
(そっか。シャウトモンもいつまでもこっちにいるわけにはいかないよな)
 でも、と。タイキは思う。傍にいてほしいと。それがどんなに我が儘なことかはわかっているけれど。
(シャウトモンがいなくなったら嫌だ……、別れたくない)
 彼がバグラモンに突貫して消えたときの気持ちが蘇ってタイキは僅かに身震いをする。あれ程絶望に陥れられたときはない。負けるわけにはいかないという気持ちが奮い起こしなんとか立ち上がったが、彼が死んだと思ったら怖かった。バグラ軍と戦ったどんなときよりも。
 ベッドで向かい合い座っていたシャウトモンはくわ、と欠伸をしうとうととしている。窓から落ちる零れ日が忙しい身であるだろう彼を眠気に誘っているのだろう。
 考えている内に無意識に指がシャウトモンのマフラーを捕らえていた。
(……別れたくないってそんなこと言ったらシャウトモンだって困るよな)
 巡業へ行く父に「行かないで」、と。いつだったか泣きついたときがあった。両親は困ったような表情を浮かべて自分を宥め、最終的にはやはり父は巡業へと出て行ったのだ。あんなことを言って、きっと困ったに違いない。だって仕事なのだから行かなくてはいけないのは父にとって当然のことだ。シャウトモンだって、国をまとめなきゃいけないのに。いつだってここにいてだなんて言ったら、困るし迷惑に違いない。そんなこと言ったら駄目だ。

「タイキ?」

 突然名前を呼ばれて、我に返る。眠そうにしていたシャウトモンがどこか心配そうにこちらを見上げていた。
「ん?」
 いけない、と思ってあえて明るく振る舞う。呼ばれたときに驚いて指が震えてしまっていた。マフラーが指先を離れ重力に従い床に落ちていく。
「……」
 シャウトモンが黙ってしまい、タイキは不安になって彼にもう一度聞き返した。
「どうしたんだよ、シャウトモン」
 それに彼が眉を寄せる。また不安になって、ぎゅっと心臓が締め付けられるように痛む。ぱさり、とマフラーが床に着く。
「シャウトモン?」
 今度こそ、返事を返してほしい。そんな僅かな願いを込めて名前を呼ぶ。彼は少し間を開けたが笑って「なんでもねぇよ」と返してくれた。それに心底安心する。自分でも今の状態がどこかおかしいと感じたけれど、それを考えたくはなかった。だからあえて無視をする。
「なぁタイキ」
「ん?」
 名前を呼ばれたので体を近付けてやるとシャウトモンが腰に抱き着いてきた。正直びっくりしながらもシャウトモンの様子を伺う。彼はぎゅっと力強く抱き着いて離れようとしない。
「シャウトモン、どうした?」
「なんでもねぇよ」
 聞いてみても彼ははぐらかすだけだった。どうしたのだろう、と不思議に思うが無理して聞くのは忍びないのでそのまま黙る。
 そのうち何故か背中に回されていたシャウトモンの手が慰めるような撫でる手つきに変わった。驚いて、シャウトモンを見るも顔を埋めているためその表情は伺えない。その手の暖かさにふいに涙が出そうになって慌てて隠すように力を入れないようにしながらシャウトモンの頭を抱え込む。
(な、なんだよシャウトモン)
 そんなことされたらますます離れるのが怖くなるだけなのに。一度別れたからこそ、もう離れたくないなんて思ってしまうだけなのに。
 涙で視界がぶれたまま、背を撫でていたシャウトモンが自分のシャツを握り締めたのを感じる。どうしてそうしたのかはわからないけれど、その手の強さに自分の気持ちまで掴まれたような気がした。
(離れたくないよ)
 強くそう思ったときに、彼を無意識に抱きしめてタイキは一筋の涙を流す。
 いつかまた別れは来るってわかっているのに、ずっと一緒にいれるような気がしていた。この穏やかな時間がいつでも訪れてくれるように。やさしい風が吹いて、零れ日が微笑むように。




2012.7/8

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