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□鏡の中の幻影
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わかっているつもり、だった。僕はあいつの影――闇だと。
けれど、本当はわかっていなかったんだ。
本当の自分。
本当の想いに。
『君は、誰なの?』
本当の、僕が存在する理由を――……。
***
風が優しく吹いて、草木がゆさゆさと揺れる。それを眺めながらシャドーカービィは彼が来るを待っていた。
やがて、爆音や戦いの音がしてパタパタと走る音が近づいて来る。シャドーカービィは前を真っ直ぐ向き、彼を、カービィを見据えた。彼はこちらを見ていなかったが、近づき、目の前まで来てようやくシャドーカービィに気がつく。
彼は、シャドーカービィを見て固まり、目を見張った。
「君は、――誰なの?」
唇を震わせ、シャドーカービィに問い掛ける。まるで鏡を見ているかのように、シャドーカービィは自分と"同じ"だった。
シャドーカービィはニヤリと笑い、声高らかに言う。
「僕はシャドー、シャドーカービィ。君の『影』だよ」
その言葉に彼は何処か淋しそうな、悲しそうな顔をしたが、シャドーカービィは気付かなかった。ようやく彼に会えた高揚感でいっぱいだったのだ。
「カービィ、僕は君を倒す!」
だから、気付かなかった。
そして、二人は対することになる。
「光があらば闇もまた存在する」
ひとつ、瞬きをしてカービィは空を見上げる。
「闇あらばまた光は輝く」
静かに涙がこぼれ落ちて、地面を濡らした。雲が集まり、空は激しく雨を降り注ぐ。
「……わからない、な」
雷鳴を聞きながら瞳を閉じた。自分の流す涙の理由がわからない。わからなかった。
シャドーカービィは攻撃を受けてすぐに撤退した。グレーの瞳を悔しさに滲ませ、カービィに何も言わず、彼は去って行った。
それを見つめて、悲しさに胸が潰れそうになる。なぜだかは、わからなかった。
どうして?
きっと問い掛けても分からないだろう。否、分かるはずがない。分かってもどうしようもないはずだ。
自分はこの鏡の国へ、何をしに来た?
カービィはそっと瞳を開け、降り続く雨を眺めた。そして、ギュッと唇を引き締める。前を向き、再び走りだす。
私情に、感情に呑まれてはならない。自分はこの国を、救うために、自分を元に戻すために来たのだから。だから。
どんなことがあろうと、彼に何を思おうと、自らの感情に呑まれてはならないのだ。
***
「おーい、ピンクカービィ!」
大きく手を振るのは四人の中で一番のリーダー恪、赤カービィ。こちらを見つけると、急いで駆け寄ってくる。
「赤、鏡のかけらは見付かったかい?」
カービィが問い掛けると彼は自慢するようにカービィに鏡の破片を渡した。
「もちろん! ちょっと大変だったけどね。ピンクは?」
彼の深い青の瞳が期待に輝く。その姿に笑いかけながら、カービィも破片を取り出した。
「僕もだよ」
ディメンションミラーの前に破片を翳すと、破片が台に戻っていく。それを眺めながら二人はこのセントラルサークル内を見渡した。ふとあのシャドーカービィの表情が浮かんで、カービィは赤カービィに問う。
「……ねぇ、赤」
「ん?」
「君はシャドーカービィに、会わなかった?」
「シャドーカービィ? あぁ」
赤カービィはその問いに一瞬キョトンとしたが、すぐに思い出したのか悲しげに笑った。
「あの子だろう? ……会ったよ」
沈黙が流れて、空気が重くなる。
「君も、会ったんだ。やっぱり……」
やがてカービィはぽつり、と呟いた。赤カービィもカービィも、シャドーカービィのことが気になっていた。
赤カービィは何か言いかけたが、そこに能天気な声が響く。
「お待たせ、二人とも」
「もう疲れたよ――、ご飯食べたいよ――!」
貝をあしらい海をイメージしている鏡から帰ってきたのは四人のムードメーカー、緑カービィと一番の大食い、黄色カービィだ。ようやく四人全員が揃った。
先程までの空気を破り、カービィは明るく言った。
「お帰り! 二人とも」
緑カービィは疲れたように笑い、黄色カービィは早くご飯を食べたい、と駄々っ子した。
「ちょっと休憩しよう?!」
「鏡の破片は?」
「はい」
駄々っ子する黄色カービィを無視して、カービィは緑カービィから鏡の破片を受け取る。ディメンションミラーに嵌める破片はあと一欠けらだ。
「休憩……」
「はいはい、疲れたよね」
駄々をこねる黄色カービィにお握りを渡して、赤カービィはディメンションミラーを見つめる。
「ピンク、鏡の破片もあと一欠けらだね」
「うん」
カービィは皆をそれぞれ見渡し、考える。だが意思の強い水色の瞳に迷いはなかった。
カービィの視線の先には――氷の城へ続く鏡。あそこに最後の一欠けらがある。
「休憩したら、あそこへ行こう」
カービィは、言った。
「「「うん!」」」
それに皆は頷いた。黄色カービィはお握りをくわえながら、赤カービィはディメンションミラーを見詰めながら、緑カービィは城への鏡を見詰めながら。