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□ループする言葉たち
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 ごめん、と謝られたことで怒りが急に細くなり拳を握り締めることしか出来なくなった。
「なんで、ですか」
 震えた声で問う。彼は困ったように笑っただけで問いに答えることはない。悔しい、という感情が疼く中でユウは彼を心底恨んだ。彼はまだ困ったように笑っているだけでそんなユウには気付いていない。彼は酷く鈍感だ。自身に対する感情に対しては。
「僕は、心配なんです」
 うん、と静かに彼は頷いた。堪え切れなくなった涙がユウの頬を伝う。一気にまくし立てる。
「もう、無茶はしないでと何度もいったじゃないか」
 それにも彼は頷いただけだった。落ち着いた茶の瞳は穏やかにユウを見つめている。ユウは一方通行な会話にまた力不足を感じるしかなくうなだれた。自分には彼を止められないのか、と。
 もうやめてほしい。他人を助けるために自身のことを考えず飛び出して行くのは。
 ユウは知っている。彼は、工藤タイキという少年は無茶をする人間だと。閉じ込められた空間から脱するために命懸けで作戦を決行したことも、他人のためなら身体を張ってでも飛び出していくことも。部活ではどんなところにでも助っ人として参加する。
 彼は天才だ。自分よりも多分数倍、素晴らしい人間だ。けれども彼は自らを滅ぼすことだって構わない。ユウにはそれが理解出来なかった。
 どうして、貴方は自分のことを大切にしないんですか。
 そう言ったユウに、彼は笑って言う。
「『ほっとけない』からさ」
 やはり理解出来ない。ユウはそう返される度に思うのだ。
 成長して、憧れの彼と同じ中学に入った。そうして近くからまた見て、やっぱり彼は困っている人のところに駆けていくことにユウは唇を噛んだ。彼が無茶して止めてくれる人も今や他の学校へと行っていて、そうなると自分たちが彼を止めなくてはならないのに彼はその制止の声を聞かないのだ。結局自分たちも彼に引かれて助っ人をしてしまっている。
 ほっとけない、ほっとけないって。ほっとけないのは貴方ですよ、タイキさん。
 そう言おうとして何度もやめた。そんなことを言っても彼は笑って流すから言えなかった。
「泣くなよ、ユウ」
 涙を拭った彼が笑って見上げてくる。優しい表情は幾度もの激しい戦いを得て達観した戦士そのものだった。
 僕はまだ弱いのかな。
 ユウの瞳からは涙が溢れて止まらない。何度も何度も拭ってくれる彼の手は傷だらけだった。
「タイキさん」
「ん?」
 まるで弟を見ているような表情でしゃがみ、目線を合わしてくれている彼の涙を拭うその手を取って、ユウは懇願する。
「無茶しないで、下さい」
 何度言っても言い足りない、今や同級生にも使われるその言葉を。ユウは心を込めて言った。彼は目を細めて頷いたけれど、きっと意味はないのだ。
「ほっとけないなぁ、ユウは」
「――タイキさんの馬鹿」
 小さく吐かれた暴言に彼は笑った。彼の頭に掛けられたゴーグルが光を反射して眩しい。
「ごめんな」
 まるでそれは出来ないんだ、とでも言うように。タイキは呟いた。






2011.12/30
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