SS

□拍手御礼SS 再録
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【君はあの人のようで(2)】





 ――お願いだから、触らして下さい!


 こんなふうに頼んでも、彼は機嫌を損ねるばかり。



***


 フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムは足取り重く、廊下を歩いていた。
 不運な事故で子猫となってしまった次兄、ウェラー卿コンラートは「しばらくは元に戻らないだろう」、とアニシナに言われ、結局放置されたままだ。
 おそらく、コンラートは今だユーリとグレダの下にいるはず。早く兄に会いたい一心でヴォルフラムは脚を動かす。


 事の始まりは、アニシナの実験途中にコンラートが顔を出してしまったことだった。
 長兄、フォンヴォンテール卿グェンダルは思わぬ弟の出現に驚き、焦り、薬の入った瓶を滑らせた――らしい。


 アニシナに話された事を振り返りながら、ヴォルフラムは溜息を吐いた。
 何故、コンラートは今日に限って何時もは近付かないアニシナの実験室に入ってしまったのだろうか。あそこに行かなければ何事もなかったはずだ。


 グェンダルの手から投げ出された瓶は宙を舞い上がり、コンラートの頭に当たった。それだけではなく、蓋が外れていたためにコンラートに薬が全部、頭から被ってしまったのだ。


 アニシナは呆れた様子でヴォルフラムにこう話した。
『全く、だらし無い!弟が顔を出しただけであんなに慌てるとは……、グェンダルにはもっと修行が必要ですね。これだから男は』
 見た目は小柄で可愛らしいのに、毒舌である。

 ようやく魔王の私室の前に辿り着き、ヴォルフラムはまた盛大に溜息を吐いた。
 中からは楽しげな声が聞こえるが、ヴォルフラムは憂鬱になるばかりだ。
 コンラートは今、猫になっている。それも可愛らしい子猫だ。剣もなく、小さな体でどれだけの危険に対応出来るだろうか。
 素直になれず今まで突き放してきたが、やはりコンラートは大切な兄だ。ユーリが来てからは、それを十分な程自覚してきた。コンラートに何かあったら、身を捨ててでも駆け寄りたい。コンラートには居なくなってほしくない。
 不安を振り払うようにヴォルフラムは首を幾度か振った。らしくもなく、ねがてぃぶとやらになってしまった。自分がコンラートを守らなければならないのに。
 気を取り直し、勢い良く魔王の部屋に入る。ヴォルフラムはまずコンラートを確保した。
「めっ?! 」
 部屋に近付く気配には気付いていたものの、大きな音に驚きコンことコンラートは飛び上がる。
「何だよヴォルフラム! 突然大きな音を立てて。コンがびっくりしているじゃないか」
 ユーリが非難するのも気にせずコンラートを抱えると、ヴォルフラムは彼を見つめた。
「どうしたの? ヴォルフラム――」
 愛らしい愛娘の声も耳に入っていないようだ。
 コンラートは見つめるヴォルフラムの目を見て、全て判ったようだった。力無く「めぇ――」、と鳴くとするりとヴォルフラムの腕から滑り落ちる。そして、彼の正面に座った。綺麗な顔を不機嫌そうに歪めたヴォルフラムを気遣うように見上げる。
「…………」
 ヴォルフラムはもう一度、コンラートを抱え上げると、そっと頭を撫でた。気持ち良さそうに、コンラートは弟の手の平に頬を擦り寄せる。
「ちょっと、こいつを借りるぞ」
「えっ!? 」
 ヴォルフラムの言葉に、ユーリとグレダは驚きの声を上げた。
 二人には申し訳ないと思うが、コンラートをこのままにはしておけない。
 ヴォルフラムは来た時とは逆に、静かに部屋を出ていった。


***


「……全く、仕草まで猫になっているではないか」
「めぇ」
 自室で小猫のコンラートをいじりつつ、ヴォルフラムは長兄を待っていた。
 とりあえず保護には成功したものの、猫の扱い方は全くもって知らなかったからだ。後先考えず行動してしまい、ヴォルフラムは落ち込んだ。
 仕草まで猫になっているコンラートは、今顔を洗っている。何故か舌を出さなくていいときにも舌を出している、のはどうなのだろう。手を使い、顔を洗うときには舌を出さなくてもいいのに。
「コンラート」
 名前を呼んでみると、「なにか? 」と言いたげにこちらを向いた。愛くるしい瞳がヴォルフラムを捉える。
「……あのな」
 ヴォルフラムが何かを言おうとした――、その時。


 先程ヴォルフラムがユーリの自室でやったように、ばぁん! と乱暴に扉が開いた。


 突然の来客に身構え、ヴォルフラムはコンラートを庇うように抱える。
「あれ、どうしたんですか、――ヴォルフラム閣下」
 だが、聞き慣れた陽気な声にヴォルフラムは肩を下ろした。
「なんだ、グリエか」
「やだなぁ、そんな身構えしなくてもいいじゃないですか」
 なんとも言えぬ脱力感に襲われ、ため息が出る。そんなにドアを乱暴に開けなくてもいいのではないか、と文句を言いたいが、何しに来たのかが重要だ。
「扉も叩かず、突然何の用だ」
「あぁ、隊長のことなんですけど……、グェンダル閣下から聞きましたよ。面白いことになったそうですね」
 面白そうに喋るヨザックに、ヴォルフラムは眉を潜める。
「兄上が、喋ったのか? 」
「はい、まぁ聞いたのはオレなんですけどね」
 ヨザックはふと、ヴォルフラムに抱えられているコンラートを見た。
「あ、もしかしてこの子が隊長ですか」
「……そうだが。ユーリ達には言うな、面倒なことになりそうだからな」
 ヴォルフラムの腕の中で、コンラートは小さく唸っていた。ヴォルフラムは首筋を軽く撫でる。今までこんな表情は見せなかったので、どうすればいいのかわからない。
「へ―、結構可愛い……」
 そして、ヨザックがコンラートに触ろうとした、その瞬間。

「シャ―ッ! 」

と、コンラートが威嚇した。全身の毛を逆立て、ヨザックに対して拒絶する。
「……あれ、もしかしてオレ、隊長に嫌われてる? 」


 ぼそっと呟くヨザックに、コンラートは噛み付いた。





続く
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