小ネタ集

□まるマ
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 今日も酒を共に呑もうと、この地の領主の館を訪れた。窓から忍び込むのがつい癖になってしまっているのだが、彼が怒ることは決してない。
「お邪魔しますよっと」
「……っヨザ」
 愛称で呼ばれて思わず頬が緩んだ。突然の訪問者に彼は軽く首を傾げて微笑む。
「今日はなんだ?」
 その笑みは呆れているようにも見えて、少しの嬉しさを隠していた。
「いい酒が手に入ったんでね、どうですか?隊長……って」
 だがここでヨザックは彼の髪がまだ濡れたままだということに気付く。このままだと風邪でも引きそうだ。
「また髪が濡れたままうろついて。風邪でも引いたらどうするんですか」
 呆れた声にむっときたのか彼は少し眉を寄せた。
「頑丈だから引かないさ」
 強がっているのかはわからないが、当てにならない言葉だ。風邪を引くかなんて誰にもわからない。ましてや本人がそういうことを言っているときに限って引いてしまったりするものだから。
「はぁ……ほら、髪拭いてやるからこっちこいよ」
「いい」
 「もうちょっと素直になってくれればいいのに」という言葉を飲み込み、ヨザックは応じようとしない幼なじみの肩を掴む。彼の肩は髪から滴り落ちる水で少し濡れていた。
「本当に風邪引いたりしたらどうするんだよ」
「ヨザック」
 力任せに彼を椅子に座らせて、そこにいるように命じる。
「タオルは風呂場に置いてあるのか?」
「あぁ」
 諦めたのか幼なじみは小さく溜息を吐いて頷く。タオルを手に取り部屋に戻ると面白くなさそうに大人しくきちんと座っている彼の姿があり、ヨザックは吹き出した。冷たい視線が刺さる。
「ヨザック?」
「あいや、なんでもない」
 ふんわりと彼の頭にタオルを当て、そのまま優しい手つきで拭き始める。何も言わずに彼はじっとしていて、不機嫌そうなままだった。
「こういうとこは子供っぽいんだよなぁ」
 くしゃくしゃになった髪をちょっとだけ撫でてみる。彼は眉を寄せただけで抵抗はしなかった。
 丁寧に髪の水分を取って、髪を整えて。「出来ましたよ」、の一言を受けて彼は顔を上げる。その表情はいつもと変わらない、ヨザックの前だけで見せる不機嫌を装った素直じゃない顔。
「有難う」
 ちょっとだけ照れた声は幼かった。




END



UP...2010.4/7

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