小ネタ集

□まるマ
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笑いあえることが幸せ



 詰まる所、彼は不器用なのだ。

 仏頂面で黙り込んでいる彼を強引に向かい合わせると、いかにも気まずそうに視線を逸らされた。名付け子の前では演技でしか絶対にしないであろう表情だ。いや、どうかな。
 彼は何も言わずにただ椅子に座っているだけで、視線を合わせようとも、喋ろうともしなかった。無駄に頑固な彼がいつも子供みたいで、しょうがないだとか思いながらも何年も付いて行っていたが。本当に、変に子供っぽいところがある。
 自分から言い出せないのか、ただ時間だけが過ぎていく。いつもなら温かい空間も、今日はなんだか重く、息苦しく感じる。
「隊長」
 耐えかねて、そっと呼んでみる。彼は瞼を閉じて何かに耐えている表情を作った。
 意地っ張りだとか、そんな言葉が浮かんだ。だけれどそんなことを言ったとしてもどうにかなるものではない。
 綺麗な茶色と銀の星の瞳は今はきっと曇って、彼は謝罪だとか、自分の気持ちだとか。伝える言葉を探しているのだろう。そしてそれを伝えたいけれど素直になれなくて自己嫌悪している。何年付き合ったのだろうかと思うぐらいに共に過ごして来たからこそ、言わなくてもわかるのだ。空気の揺れも、表情の裏に隠された感情も。
「――……」
 何かを言おうとしてすぐに閉ざされた唇は僅かに震えていた。
「コンラッド」
 愛称で呼べば、彼は泣き出す寸前みたいな顔でオレを見上げる。言いたいけれど、言えない。そんな表情。
「バカだよなぁ」
 わざとおどけた風に言うと、彼はまた瞼を閉じた。肯定したのか、否定したのか。
「ホント、あんたは」
 子供だ。不器用でどうにも手が掛かる、大人ぶったわがままで意地っ張りで、まったく素直じゃない。なんだ、兄弟そっくりじゃないか。そう思ってオレは小さく笑った。
「馬鹿はお前だ」
 落ち着いた声に耳を傾ける。泣きそうで儚げな声は、それでいて穏やかで。
「俺やユーリやグウェンを置いて死ぬな」
 ぽたり、と涙が零れた。それは彼の瞳から零れたものだ。
「そんなこと、許さない」
 本当はイェルシーに操られたオレを見たとき、心臓が止まるかと思った。あのとき感じたものをユーリに与えていたのだと思うと苦しくて、たまらなかった。
 彼はたどたどしく、喋り始めた。オレはただ黙って聞いている。聞かなければ後悔するから。
「お前が死んだと聞いたとき、俺は」
 ぽたり、ぽたりと。雨のように涙が彼の瞳から頬伝って落ちていった。
「信じられなかった」
 だけれどユーリはそんなことを冗談で言う人ではない。そしてあのときの表情に偽りなどなかった。ユーリは泣いていた。自分を庇って死んだ、ヨザックのために。泣いて、苦しんだ。何度も自己嫌悪して、自分を責めて。
「お前は主のためにそうしたんだ。主は何があっても守るのが、お前の仕事だからな。だけどユーリは優しいし、俺だって幼馴染が死んで悲しまないはずがないだろう」
 最後の方は消えそうな声で、空気に溶け込むように消えていった。
「馬鹿ヨザ」
 プライドに負けたのか、俯いた彼は小さく呟いた。「馬鹿だ」、とまた瞳を閉じる。
「お前がいなくなるなんて、考えられないんだ」
 傍に居すぎて感覚が麻痺したのかもしれない。ここまで情が入るなんて、軍人としてはおかしい。
 続いて言われた言葉に、オレは頭を振った。否定だ。
「人なんだ、だから情が入るのは当たり前だ。あのな、コンラッド」
 俯いていた顔を上げた拍子に、涙が頬を伝った。
「オレがあんたが生死不明になったとき、どう思ったかわかるか」
 彼は瞳を数回瞬いた。
「信じられねぇって思った」
 少なくとも、ルッテンベルクの獅子とも呼ばれたこの男が負けるはずがない。根拠のない自信があったせいでどうにかなりそうだった。本当は心配で生きていて欲しいと何度も願った。
 同じだ。オレだって彼がいなくなるなんて考えられない。
 二十年前の戦争で、彼もオレも仲間を大量に失った。痛みは消えてなくならない。もしもずっと一緒にいた大切な人が死んでしまったら。ただの人形、抜け殻になってしまったら。それこそ恐怖だ。彼だったら、なおさら。
「お前も一緒だ。ただの馬鹿」
 自分は死んでいいなんて思うな。
 彼は深く息を吸った。それから微笑んだ。
「お前が生きてて良かった。ちゃんと、生きて」
 一緒に笑っている。叱ってくれる。
「こうしていられる」
 いつもの笑みだ。オレは内心ほっとした。
「おかえり、ヨザック」
「お前もな、コンラッド……隊長」
 不器用で、子供みたいな彼が最初は気に入らないと思ったけれど。
 この不器用さが逆にほっとけなくなって、傍にいたいと思う。


 死ぬなよ。
 そう言って笑い合った。






2010.8.24

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