SS

□導くための犠牲
1ページ/1ページ





 大切な友人であり同士である彼は、本当はとても繊細な人だと知っていた。だからこそ心配をしてしまう。
 ジュリアは目が見えないが、そのおかげか気配や物音などには敏感だった。人の表情を見破ることなどたやすい。師に教えてもらった拳法のおかげで熊にだって負けないし、見た目は清純そうでも負けず嫌い、意外と熱血なところもある。誰からも好かれる優しい性格でありながら、彼女は強かった。
「……コンラッド」
 彼女が彼らが死地も当然だと言われる激戦地へと赴くのだと、そう知ったのはずいぶん前だった。彼の母であり、親友のツェリはジュリアの前で泣き崩れた。「私には何も出来ないの」、と。
 歯痒い。目が見えないことを理由に戦場へ赴けず、自分に出来るのは傷付いた者達を癒すことばかりだ。せっかく習った拳法も、少しは役に立てるはずなのに。これ以上、傷付く者を増やしたくはない。天幕に漂う血の匂いや、苦しむ兵士や民達。殺伐とした雰囲気の人ばかり。見ているのも嘆かわしいぐらいだというのに。
 何故人は争うのだろう。人間も魔族も、解り合うことは出来ないのだろうか?


 ――でも、これが現実だ。


 今は自分に出来ることをするしかない。自らの命が無くなるのだとしても。
 家族、大切な親友達や、愛する婚約者は悲しむだろう。だけど、もしかしたら人間と魔族を繋げられるかもしれない。繋げたい。だから、あの方の命を受け入れた。
 ただ、コンラッドやアーダルベルトはきっと受け入れられないだろう。いや、彼らだけではなく皆も悲しみ、嘆くかもしれない。
 私が死んだ後、世界はどうなるのだろう。人間と魔族が手を取り合える世界になるのだろうか。それとも、今のように争い続ける世界になるのだろうか。
 ジュリアの夢を、アーダルベルトは生温い理想だ、と遠くを見て言った。戦をするものにとってはそうなのだろうし、ジュリアも自分の夢は簡単なものではないと知ってはいた。今魔族と人間は互いを敵視し分かり合おうとも出来ないのだから、当たり前のことだ。
 それでも、誰も争うことをせず手に手を取り合い仲良く暮らせたらと思わずにはいられない。もちろん、自分のこの理想は優しすぎるしあまりにも子供じみているとジュリアは思っている。ただ、そうであれば誰も傷つかず、沢山の人々が死ぬことだってない。戦争なんて悲惨なものを選ばなければ、悲しみに暮れることだってない。
 どうか、無事でいて。
 もしも自分が――、いや次代の魔王がこの世界を少しでも変えることが出来れば、きっと少しでも哀しみを減らすことが出来るはずだから。だからあの人の、転生という重大な使命をジュリアは受け入れた。
 アーダルベルトはきっと悲しみ、受け入れることが出来ないだろう。彼は誰よりもジュリアを愛していた。
 戦地へと向かう彼らの無事を祈りながら、ジュリアは静かに覚悟を決め、戦場へと向かわなければならない。彼女もやはり死には少なからず恐怖がある。だがそれは誰しも同じなのだとジュリアは手をゆっくりと握り締めた。
 戦場で今も戦う兵士達、戦火に怯える民達も。皆死を恐れているはず。だからこそ、自分が死を恐れている場合じゃない。
 彼も、今きっと戦っている。多くの同士のために、国のために。大切なものを守るために。
 もしも、自分ではない自分が国を変えることが出来たら、血を流す争いを止めることが出来るはずだから。彼も、アーダルベルトも、たくさんの人も、哀しむことを減らせるはずだから。
 次代の魔王へと希望を託し、自分は無へと還るだけ。
 いつだったか、未練のある魂はきれいなまん丸の魂にはなれないと聞いた。ジュリアはどうだろうか。そんなことを思った。

「ジュリアっ!」

 扉の開いた音にジュリアは振り返った。聞き慣れた声は緊急事態に硬くなっている。ギーゼラがここへ来た、ということはもうそのときなのだろう。
「行きましょう」
 ただ、それを受け入れるだけ。この命は未来のために捧げる。それが正しい選択なのかはわからないけれど。

 星は瞬く。旅人が還るべき場所へと辿り着けるように。

 自分の還るべき場所は、ここだ。きっと還ってくる。
 愛する人々の下へと、導く意思を持って。






2010.10/24


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ