SS

□思い通りにはならない
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 何故今自分はここにいるのか。それを考えると自嘲の笑みが浮かぶ。
「何を笑っている、ウェラー卿」
「いいえ。なんでもありませんよ」
 目の前で退屈そうに豪華な飾りのついた椅子に肘をつく男はこちらを見て鼻を鳴らした。何を考えているのかわからないつまらない男だと思ったのだろうか。しかしそれでも手放すわけにはいかないとこちらを必死に繋ぎとめているのだから滑稽だ。そちらの方がつまらない男だと、やけに批判的になる思考をコンラートは食い止めた。ここでそんな顔をするわけにはいかないだろう。いくら忠義を誓ってなどいないと言おうが、今の自分は彼に仕える身なのだ。
「しかしウェラー卿よ、そなたは最近出国することが多いようだな。……何をしている」
 見下すようにこちらを凝視する「王」に、コンラートは薄ら笑いを浮かべた。
「それは私の勝手だと、貴方も認めているはずですが」
 周りが自分のことを疑っているのは知っている。だがこの王はここに留まることに対する条件に、身の自由を約束した。それがある限りはどれほど周りの家臣たちが騒ごうともどこに行こうが自分の自由だ。それがわかっているからこそ彼も深く追求できない。視線を外す。
「そうだったな、ウェラー卿」
 この男も手軽なものだ。顔には出さず、嘲笑う。コンラートは柔和な笑みを作って彼を見上げた。甥を虐げ自身の権力にしがみ付いている愚かな男は変わらずつまらなそうに肘をついている。
「では、鍛錬の予定がありますので私はこれで」
「待て」
 立ち上がろうとしたコンラートは彼が発した制止に動きを止めた。ベラールはやや乱暴に椅子から立ち上がり、コンラートへと近づく。
「陛下……?」
 コンラートが目の前まで来た彼を見上げると、すぐさま胸を力任せに突かれた。床に倒された衝撃に顔を歪める。目の前の男は怒りをあらわにしてこちらを見下ろしていた。馬乗りになると、彼はコンラートの左腕を撫ぜる。
「お前はたしかに必要だ。箱を制御するには鍵が必要だからな」
 だが、と言葉を紡ぐとベラールはコンラートの唇を塞いだ。
「っ……」
 何をするんだ、この男は。コンラートは驚きに身を固める。ニタリと笑ったベラールはコンラートの首筋に右手を添えた。力を入れれば殺されるだろう。
「それ以外なら、お前は既に何もかも失った一族の末裔だ。いまは我らの時代。魔族も、すぐ我らの下僕になるだろうよ」
 嘲笑うベラールは軽く右手に力を入れた。今の王は自分であり、コンラートも既に自分の支配下なのだと言いたいのだ。だからこそ愚かだと笑われているのだとも知らずに。
 違う。そうはならない。魔族は大シマロンの支配化にはならない。コンラートは確信している。一人の王によって変わりつつある眞魔国なら。有力な臣下たちがいる限り、彼がいる限り。そうはならない。
 彼はコンラートの上着に手を掛ける。こんなところでやるつもりか。今度こそコンラートは顔に出して笑った。
「陛下。こんな所でやるおつもりで? はしたないですよ」
 予想よりも冷たい声が出たように感じる。まるで他人事のように思った。ベラールは動きを止め、そして怒りに燃えた表情でこちらを睨みつけた。思い直したのか体を退かすとこちらを睨んだまま"命令"する。
「後で部屋に来い」
「承知致しました、『ベラール殿下』」
 コンラートの表情を一瞥すると、ベラールは再び王座に座った。コンラートは軽く体を払うと一礼し、下がる。表情は無表情で心の底は見えない。
「思い通りになればいいものを」
 忌々しい男だ。
 ベラールは吐き捨てる。すでにコンラートの姿は扉の向こうへと消えていた。それでも高く鳴る軍靴が彼の存在を残してベラールをイラつかせた。








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