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□過去と現在
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 腐れ縁の幼なじみは昔から感情を隠すのが上手く何を考えているのかわからないと周りに言われているらしい。それは必然的に身についたものなんだろうが、とにかく彼は人前で表情を崩さないし怒ったりなど滅多にしない。
 正直、出会った当初自分もそう思っていたりもした。彼は少し生意気で、とにかく気に入らないと思っていた。それがまさか魔族の王子様とは夢にも見なかった。
 ただ付き合う内に互いのことを知り、互いを信頼する仲になった後はそんな考えもなくなる。彼は不器用で、どこか放っておけないところがある。自分のことは棚に置いて他人を優先し、自らの身を省みない。剣を振るうその背中は熱く頼もしく、部隊を引っ張り勝利に貢献した。……今は穏やかでも、いつか昔のように剣を振るうことがあるのだろうか。
 だけれど彼は涙は見せない。胡散臭い笑顔で感情を上手く隠して他人の前では決して泣こうとはしない。それだけは、今も気に入らない。
 ようやく故郷から帰還して陛下から赦されたとき。一瞬だけ彼が泣きそうな表情をした。でもやはりそれは一瞬で、彼は泣こうとはしなかった。それが少しだけいらついて、理解出来ない。泣きたいときは泣けばいいのに彼はそうとはせず隠してしまう。
 無理矢理連れ込んで酒を飲まして感情を覗きこもうとしても彼は当たり障りのない話ばかりをしてそのときの話は一切しない。今日は珍しく酔ったのか、"親友"の肩に寄り掛かり眠たそうにしている。
(さすがに飲み過ぎたか)
 どんなに裏側を覗こうとも彼はその裏側を見せない。自分でさえ彼の心を覗くことなど不可能なのだろうか?
「……よざっく」
 コンラートが少しかったるい声で呼んでくる。その表情は変わらず眠たそうだが何か言いたいことがあるような声音だった。
「なんです、たーいちょ」
 いつものように返事を返すと彼はふと微笑む。まるで子供が親に抱かれて安心しきったときの表情。無防備にもコンラートは自分に全てを預けている。
「いや」
 なんでもない、と。彼は瞳を閉じて静かに言った。甘えているかのようにヨザックの手をギュッと握る。それが親友の域を越えているのではないかと期待してしまうような仕草で、ヨザックはそっと息を吐いた。彼に限ってはありえない。そう言い聞かせる。
 虫の音だけが聞こえる部屋は本当に静かで、コンラートが寝てしまった後の息遣いがヨザックの耳に心地好く響く。子供の頃は二人で夜空を見上げることもあったがここ最近は偵察やらでそれも少なくなった。
 ふとコンラートの寝顔を見ると、目尻に微かに涙が貯まっていた。彼がどんな夢を見ているかなんてわかるはずもないが、それはおそらく幸せな夢なんだろう。彼はちゃんと笑っている。
「話してるときぐらい、そういう表情も見せてほしいんですけどねぇ」
 どうせわからないからコンラートの肩を引き寄せて彼の頭に自分の頭を寄せる。少し彼が呻いたけれどそんなことは気にしない。
 今も昔も、自分たちは変わらない。信頼しあって背中を預けて、共に酒を飲み合い。肩を組んで笑い合う。彼は感情を隠すことに長けている。
 戦時中に見せた激情すら感じられないほどに、今の彼は穏やかだ。
「本当に、馬鹿だよなぁ」
 今コンラートは《幸せ》なのだろうか。
「あんたが泣いてるところを見たいなんてさ」
 隠さずに苦しいときは頼ってほしい。泣いてほしいと。掴んだ肩に訴えた。
 本当に彼は不器用でしょうがない奴なのだ。自分一人で抱え込んで自分自身を追い詰めている。他人に頼ろうなんてしない、人前で泣いたりなどしない。
 寝ている彼の右目から一筋涙が零れたのを拭って、そっと両手で起こさないように慎重に抱き抱える。寝床に運んで布団を被せ、少し躊躇しながらも頭を撫でてみる。不思議と悪い気分ではない。
「ま、今日はこれくらいにしとくか」
 明かりを消して静かに、起こさないように部屋を出る。最後にちらりと彼を確認するとやはり微笑んでいた。




END

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