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□籠の中の鳥は泣く
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 どうして、貴方が。

「奇遇だなコンラート」
 高らかに響いた声にコンラートは眉を寄せた。何故、貴方がここにいるのかという表情で部屋の入口に突っ立っている。人をからかうことを趣味とする眞王は満足そうに口端を吊り上げた。彼独特のしたり顔になる。
 明らかに待ち伏せをしていたはずだというのに彼は奇遇などと抜かした。いけ好かないと不敬なことを思いながらもコンラートは静かに部屋へ立ち入る。眞王はコンラートをじっくりと眺めた。その表情もまた人をからかうような憎たらしい顔だった。
 言辞巫女を連れていないことを不審に思ったがコンラートはすぐさま眞王の前に膝をつく。眞王は自信に満ちた声で「顔を上げろ、コンラート」と命じた。圧倒的な資質、存在感。誰もを従わせられるであろう威圧感だ。ここはコンラートの部屋であったがまるで彼の部屋であったかのような錯覚に陥る。
「ウルリーケには二人っきりで話したいと言ってある。案ずるな。大したことではないからな」
 そう言おうとも彼の「大したことはない」という言葉は当てにならないのではないかとコンラートは直感的に思う。
 胡散臭い、などと彼には言えないが眞王の言葉にはどこか裏があるのではないかと思うのだ。それをおそらく眞王は見抜いているだろうけれども、コンラートは眞王に不信感を抱かずにはいられなかった。
 大切なことを彼は黙っていたのだ。ユーリが箱の鍵になりうること、兄弟が箱の鍵を受け継ぐ一族であったことを彼は一言も言わなかった。彼からは聞かなかった。
「大したことはない、安心しろコンラート」
 眞王は繰り返しそう言った。その表情は変わらず余裕を表す。
 彼は腰に下げた水筒を揺らすと「しかしこれは不便だな」と呟いた。アニシナ女史特製の魔動装置らしい。
「オレの魔力は十分にあるとはいえ、これが無くては実体を持つことも出来んとは」
 アニシナでもこれが限界か、とつまらなそうに言うと眞王は肩を竦めた。本題には入っていない。出来るなら早く言ってほしいとコンラートは思う。勿体振るのは彼の悪い癖だ。彼といると時間が長く感じられる。
 眞王はコンラートの前髪を掬うと屈んで視線を合わした。真っ直ぐな深い青の瞳は何を考えているのかわからないほど澄んでいる。それは主とは――ユーリとは違って子供が質の悪い悪戯を考えているときのようなものだが彼の場合はもっと質が悪いものを考えているのかもわからない。
「お前の瞳は綺麗だな」
 眞王はふっと笑ってコンラートの頭を撫でた。コンラートの目元に指を滑らすと目尻をそっと撫でる。父から受け継いだ銀の散らばった薄茶の瞳。先祖のことを思い出したのだろう。
「血が濃いとこうも似るものなのだな」
 その笑みはたしかに美しいのだがやはり何を考えているのかわからない故にコンラートは眉間の皴を寄せる。眞王は歪んだ笑みを見せただけで彼の不敬ともとれる態度には何も言わなかった。
「お前の部屋に来たのは他でもないコンラート、お前の話だ。よく帰還してくれた」
 誰もが称賛するであろう透き通るような声は静かに響く。
「己の身を投げ出してでも主を守るその姿、たしかに見届けた。ユーリのおかげで箱は二つ、手に入った」
 そこで眞王は不適な笑みを浮かべた。箱がここにある。そう認識したコンラートは無意識に左腕を掴む。
 ユーリに許されたからといって戻ってよかったのか――。左手を掴んだ右手が震えた。
「コンラート……、お前の考えていることはわかるぞ」
 笑みを浮かべたまま、眞王はコンラートの右手を包みこちらを見るよう促す。視線を合わせたコンラートは何を言うのかわからずどこか戸惑っているようだ。
 眞王は右手でコンラートの顎を掴む。ここまで無表情に見せかけていたコンラートが初めて驚きの表情を浮かべた。それがどこか可笑しく感じるほど、眞王はコンラートを滑稽だと思っていたがそれは表に出さず微笑む。
「主のためならその身を捨てる覚悟、気に入った。やはりお前はオレの思った通りの男だ」
 くつくつと喉の奥で笑う眞王にコンラートは何も言わなかった。何が言いたいのかわからず、どう問えばいいのかもわからないようだ。
「取引をしようか、ウェラー卿?」
 にっ、ともう一度笑った眞王はコンラートの瞼に口づけ立ち上がる。
「オレのものになれば、ユーリをこれ以上危険な試練には晒さないと約束しよう」
 そう発する眞王を見上げ、コンラートは恐怖に身を揺らしていた。何が恐ろしく感じたのかはわからないが、圧迫されていると感じた。この男に。
「なにを」
「コンラート」
 有無を言わせない瞳で眞王はコンラートを見下ろしてくる。
「オレのものに、なれ」
 なんと言おうと引くことのできない、絶対的な命令。
 コンラートは拒否の言葉を発しようとして口を開いたが言葉は出なかった。しばらくして俯き、瞳を閉じる。眞王に逆らえばどうなるかは今まで魔族ならば散々言い聞かされることだった。
 逆らえば、ユーリや家族はどうなる。
「わかり、ました」
 渇いた声が部屋に響く。眞王は返事に満足げに瞳を細めた。
「お前ならそう言うと思っていたぞ」
 今からお前はオレのものだ。
 眞王の言葉が、コンラートの胸に重く響く。
 逆らうことなど最初から出来ないのだ。昔から彼を敬愛し、彼に救われた一族であるのだから。
 眞王はもう一度屈み込みコンラートと視線を合わせた。唇を奪いにたりと笑う。
「コンラート」
 頭を撫でてまるで子供のように抱きしめられる。
「あの小僧は気に入らないからな」
 眞王の呟いた言葉はコンラートには届かなかった。





2012.3/26


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