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□月蝕―つきはみ―
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 月を見上げる事が、月を見る事が怖かった。
 見れば蝕まばれていきそうで。 あまりにも綺麗だから――、いつの間にか、怖くなっていた。


「今夜は満月だね」
 隣にいた主が嬉しそうな声で言う。ベランダの柵から身を乗り出して、よく見える位置を探しているようだ。
 「気をつけないと落ちますよ」と、苦笑しながら支えてやる。「ありがとう」と笑うその顔はとても可愛くて、愛おしい。
「晴れてるからよく見えるな。風もあったかいし」
 落ちそうで落ちない姿勢を維持しながら、漆黒の空を見上げる。月は欠けてはおらず、見事に丸かった。漆黒の空に浮かぶそれは、異質なほど輝き、とても美しい。「そうですね」
 だけど、それが怖い、と思った。
 ユーリは無邪気に子供のように喜んでいる。「すごい綺麗だ、やっぱり地球より空気がキレイなのかな!」と月を指差して大はしゃぎだ。
 端から見ていればとても微笑ましい光景だというのに、ユーリの隣のコンラッドはどこか冷めた気持ちでそれを見つめている。
「陛下、風があったかいとはいえそろそろ部屋へ入らないと。風邪を挽きますよ?」
 それでもそんな事は一つも見せずに、ユーリの身体を心配して誘導した。ユーリはその言葉に「もうちょっと見ていたかったのに」、と残念がったが、心配してくれている彼に申し訳ないと思ったのか素直に言うことを訊く。
「でも、陛下って呼ぶなよ、名付け親」
「っはい、……ユーリ」
 いつものやり取りをしながら部屋に入る。
 コンラッドはベランダの窓を閉めるその直前に、ふともう一度空を見た。漆黒の空に映える月を。

 それは、何時までも彼を見ているように、高く、高く空に浮かんでいる。



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