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□届かない言葉
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 大好きだよ。


 瞳を瞬かせた遊星はゆっくりとブルーノに視線を合わせた。ブルーノはいつも通りにこにこと人の良い笑顔を浮かべている。思わぬ言葉に反応してしまった自分の方がおかしく思えて、遊星は再び正面を向く。
「遊星」
 名前を呼ばれたせいで逃げることが出来なくなってしまった。親友からは生真面目だと言われている自身の性格が裏目に出てしまったような気がする。
 ブルーノは先程と表情が変わらないが、声は何か感情を含んでいた。それは先程の言葉が真剣なのだと伝えているようだった。
 でも自分たちは男同士だ。そんなはずがあるわけがない。
 深夜二時の静けさが思考を冷やしていく。彼の言葉は友人としての言葉なのだと、思う。だがブルーノは何か考える仕草を見せ、それから言葉を重ねた。
「遊星、好きだよ」
 その言葉に回転速度の鈍った脳が混乱していく。

 それは、どういう意味の「好き」で。どういう意味の言葉なのだろう?

 見兼ねたのかブルーノは苦笑して椅子から立ち上がると、遊星の前髪を掻き上げてその額に口づけを贈った。遊星の身体が固まるのがわかる。
「……――っブルーノ」
 戸惑った声に、ブルーノはいつもの彼らしくないなぁと他人事のように思う。
 だけれど、これは当たり前の反応だ。自分たちは男同士で、今まで友人という関係だったというのに、その友人から突然告白をされたなら誰だって戸惑うはず。
「ごめんね、遊星」
 でも好きだよ。大好きだ。
 これは友人としてではなく、男としての告白。聡い彼ならすぐ気づく。気付いたからこそのこの反応なのだろう。
「…………」
 ほんのりと顔を赤くし、困り切った顔の彼は何か言わなければと言葉を探っているようだった。
 ブルーノはちらりと時計を見る。針は深夜二時を示していた。そっと息を吐く。たしか遊星は昨日も、一昨日も徹夜していたはずだ。もう休んだ方がいい。
「遊星、今日はもう寝よう? 疲れているでしょう?」
「だが……」
 もう一度、額に口づける。遊星は驚き、驚愕の表情でブルーノを見上げた。
「無茶しないで、遊星。……返事はいつでもいいからね」
 そっと囁くと、遊星は何処か悲しげな表情を作る。
 ブルーノは身長差を生かして遊星をひょいと抱えた。丁寧に運びたいために"お姫様抱っこ"。しかしブルーノは遊星を抱え上げてその軽さに驚く。
「遊星、ちゃんと食べてる?」
 彼はその言葉に曖昧な返事を返した。どうせ遊星のことだ、作業に夢中になりすぎて食事を採らないことがしょっちゅうあるのだろう。
 憂鬱な気分になりながらもブルーノは遊星の部屋へと続く階段を静かに昇っていく。遊星は特に暴れることもなく、ブルーノの腕の中に収まっていた。先の告白が気になるのかもしれない。そして、今は深夜ということもある。
 遊星を落とさないようにしっかりと抱えながら彼の部屋のドアノブを引く。優しく遊星をベッドの上に乗せてやると頭を撫でてみた。遊星はブルーノを見上げただけで何も言わない。
「お休み、遊星。いい夢を」
「あぁ。お休みブルーノ」
 最後に笑った遊星の顔が瞳に焼け付く。それは無理して笑ったような表情だったけれど、それでもきれいな笑顔だった。
「なかったことにしても、いいんだよ」
「え……」
 お休み、と部屋を出ていくブルーノを遊星はずっと見ていた。最後に言われた言葉が耳に残って、寝れそうになかった。
 どうして、そんなことを言うんだ。


 本当は、俺も――……。


「タイミングを誤ったかなぁ」
 暗闇に紛れた言葉は、誰にも聞こえなかった。
 好きだよ、遊星。
 自分の使命は彼を守ることだと、思い出したとき。どうしようもない高揚感を覚えた。それは彼に特別な感情を持っていたからだった。
 友情、愛情、恋情。
 どれも彼に対して持っていたもの。
 大好きだよ。
 朝会ったときには、きっと彼は何事もなかったかのように接してくれる。それが嬉しくて、哀しくて。でもこれでいいと思う。
 守りたい。大切で、愛している、遊星を。


 大好きだよ、遊星。




 好きだ。




 二人が呟いた言葉は誰に拾われることもなく消えた。








-END-
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