SS

□せめてその手を
1ページ/1ページ




 これから先、ずっと。このまま平和でいるって思ってたんだ。
(だけれどそれは幻想でしかなかったよな)


 春の風は心地好いのに、最近変な夢を見る。遊城十代は屋上から見える景色を眺めながらため息を吐いた。はっきりとはしない不安が十代の心を蝕んでいる。皆を失ってしまう。夢はそれを警告するようだった。怖いという感情が十代に影を落とす。
「十代」
 誰かに後ろから抱きしめられて、十代は我に返った。
「ヨハン」
 無性に彼の温もりが欲しくなって、ギュッと回された腕を引っ張る。ヨハン・アンデルセンは笑って十代を抱きしめる力を強めた。ここは彼のお気に入りでもあり、二人でよく授業をサボる場所でもある。
「十代、どうした? お前がオレに気づかないなんて珍しいじゃないか」
 ヨハンの問に十代は首を横に振った。なんでもないんだ、と笑う十代にヨハンは首を傾げる。いつもの彼らしくないような気がしたのだ。春風が強く吹き付ける。
「なぁヨハン、オレさ」
 十代が言おうとした言葉は風に呑まれて何処かへ行ってしまった。ちゃんと聞こえていたはずなのに、何処かへ行ってしまった。
「十代」
「いや、やっぱなんでもねぇ。それよりデュエルしようぜ!」
 ニカッと笑った十代につられて、ヨハンは頷く。しかし直前の言葉を聞き返さなければいけないのではないか。ヨハンは不安を覚える。太陽のような彼だからこそ、聞き逃してはいけないのではないか。抱きしめた身体を放したくない。今、放したら彼は。
 それでも、十代には逆らえないのだ。踏み込むことをうまく避けているように。
 なぁ、十代。
 あぁ今聞き返さなきゃいけないのに。腕が離れてしまう。
「ヨハン?」
 十代が名前を呼ぶまで、ヨハンはその腕を放さなかった。それでもその声にはまるで逆らえない。呪文のように、必ずそうでなければならないように。

 ずっと、このままでいられればよかった。
 けれど結局それはは、ただの幻想で。

 十代を、離したくない。お前の心を覗きたい。不安なら取り除いてあげるから。だから、言ってくれよ、なぁ十代!
 せめて繋がっていれば、この手を握られれば、きっとお前のことがちょっとでもわかるようなそんな気がするんだ。




(なぁヨハン、オレさ。ちょっとだけ怖いんだ)
 でもそんなこと言ったとして、ヨハンはオレになんて言うのだろう。笑って肯定してくれるだろうか。それとも怒るのだろうか。よく、わからない。だから聞こえなくてよかったと思う。
 自分が何を恐れているのかさえ、わからなくなる。
 ヨハンと繋がっていたい。せめて手を繋ぐだけでもいいから、繋がっていたい。そうすれば落ち着くような気がした。こんな恐怖も無くなるような、気がしたんだ。でもそんなの自分じゃない。そう誰か言う。

 それでも繋がっていたい。
 せめてこの不安を、無くしてほしいんだ。お前に。

 ヨハン、お前になら言えるような気がしたんだよ。風にさらわれてしまった、言葉を。


(不安なんだ、何かを無くすことが)




―END―

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ