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□死して夢見た世界を見よ
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 みんなの、懸け橋に。
 それがヨハンの夢だった。精霊と人間の懸け橋。人間と精霊が共に暮らせる世界へ導くこと。
 そのヨハンは眠っている。青白い顔をして、瞳を閉じて、呼吸もせずに。
 もう二度と目覚めることはない。周りはそう言って嘆いた。オレはそんなはずがない、と。呆然とヨハンを見ているだけ。だけれどやはり何時まで経ってもヨハンは目を覚まさない。否、覚ますわけがない。だって彼は。
 ――彼は。
 涙が頬を伝う。
 ――彼は、死んだのだ。
 明るく笑っていた彼はもう笑うこともない。あの手がオレの頬を滑ることだってもうない。デュエルすることだって、もう二度とないのだ。
 彼の傍らに置かれたデッキを掬いとる。世界にただ一つのデッキ。ヨハンの家族たち、宝玉獣たちは静かだった。静かに、嘆いている。それが伝わったとき、涙が止まらなくなった。
「ヨハン。ヨ、ハン。……ヨハン!」
 彼の名を何度も叫ぶ。
 泣かないで、と宝玉獣が言っているようだったがそれでも涙は止まらなかった。
 声はまるで叩きつけるように、裂けるように部屋に響く。オレ一人だったから、いい。みっともなく泣き叫んだ。何度も、何度も彼を呼んだ。
 彼を乗せた台に突っ伏して声を押し殺す。デッキを彼の手に置いてきつくその身体に覆いかぶさった。
「なんで、置いていくんだよぉ! ヨハン!」
 オレはもう人間ではなくて、成長もしないし老いて死ぬこともない。だけど、それでも。彼に置いて逝かれるなんて嫌だった。ずっと側にいてほしかった。
 彼は無表情で眠っている。彼らしくない。こんなの、ヨハンじゃない。
「なぁヨハン」
 お前の夢はまだ叶ってないじゃないか。人間と精霊が共に暮らす世界は今だ遠い。
「なんでだよぉっ」
 彼は夢を見ているだろうか。人間と精霊が共に暮らしている世界を。



 風が強い。薄汚れた壁に寄り掛かり、十代は瞳を細めた。空は汚れて真っ黒だ。
 先程から近くで騒がしい。"また"食糧を求め屈強な男たちがデュエルを挑んでくるかもしれない。そうなると面倒だ。申し訳ないがこちらだって生きなくてはならない。
 しばらくどうしようかと悩んでいると、その場所から小さな爆発音が響いた。それと、微かに悲鳴が聞こえた。
 ただ事ではない。
 十代は勢いをつけて壁から離れる。慎重に、先程の爆発音の聞こえた場所へ歩みを進める。
「ぅ」
 倒れていたのは十代の見知った青年だった。ただ会ったときとは完全に印象が合わないので少し戸惑ってしまう。
「大丈夫、か?」
 とりあえず声を掛けると青年は素早く十代と距離を開けてしまった。警戒心が強いらしい。また、違う印象を受ける。
「誰だ」
 刺々しい物言いはまるで他人と接しているよう。十代は肩を落としながらも警戒心を解くように優しく声を掛けた。
「何もしねぇよ。怪我はないか?」
 それに青年は、不動遊星は驚きを隠せずにいる。
 ここは治安が悪く、食糧などの奪い合いもしょっちゅうだ。こんな他人を心配するような生温い人など滅多に見ない。だから少し、驚いてしまったのである。
「怪我、はない」
 片言のようだったがちゃんと答えてくれた。十代はニカッと笑って「よかった」と遊星の肩を掴んだ。少し馴れ馴れしい、が遊星の正直な感想だった。
「なんか、お前のカードたち幸せそうだな」
 ふと十代は目元を緩める。
 遊星は意味がわからない、と思ったがそれは言わなかった。夢を叶えるまでは無駄口は叩かないと決めていたからだ。
 十代はいつの間にか遊星のデュエルディスクに触れて何か確かめている様子だったが決してデッキには触れなかった。何やら頷いたり笑ったりと忙しそうにしている。
 遊星は突然現れた青年に対して呆然としていたが、やがて十代は遊星の目を真っ直ぐに見て微笑んでみせる。
「お前のモンスターたち、今幸せだってさ」
「?」
 そう伝えた十代に遊星は首を傾げるばかりだ。が、十代はそれを気にすることもなく、遊星に背を向けて歩きだした。慌てて声を掛けようとした遊星を右手を上げて制止する。
「それ、やるよ。お前が持っていたらきっと幸せになれる」
 遊星の手にはいつの間にやらカードが一枚、渡されていた。
 振り返った十代は人差し指と薬指を突き付けて、笑った。サテライトには不釣り合いな太陽みたいな笑みで。
「待ってくれ!」
 遊星の声を無視して、十代は去っていってしまった。遊星は呆然としているだけだった。風のようだった。思いながらも持ち直す。そうしてデュエルを再開するために廃屋へと戻っていった。このデュエルにはラリーたち、仲間の食糧も懸かっている。
 十歩ほど進んで、十代は一度振り返った。もう遊星の姿は見えない。
「遊星はカードを昔っから大事にしてたんだな」
『昔っていうのも変な感じだけどね』
 くつくつと笑って十代は空を仰ぐ。
 遊星のような主人に拾われて、あのカードに宿った精霊たちは幸せだ。そんな彼らを見るだけでも十代は嬉しくなる。


 ヨハン、見てるか。もしかしたらお前の夢は叶うかもしれないぜ。
 遊星みたいな人がたくさんいれば。


 薄汚れた赤い制服を叩いて、十代は走り出した。太陽を目指して、彼の夢見た世界を目指して。



 願わくば、彼が生まれ変わったとき、その夢が叶っているようにと願う。そして、その隣に自分がいることも。






2011.12/22

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