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□休日を君と一緒に
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 柱により掛かり十代はため息を吐きながらも左手首にある腕時計を確かめた。時計の針は止まることもなく時を刻み続け、今は午後の四時二十分を示している。いつかくる、だから心配ない。そう思っていても来ない恋人に十代は顔を曇らせる。空港のエントランスはビジネスマンや旅行者でごった返し息苦しいぐらいだった。
 外に雪は降っていないがそれでも日本列島は寒気に覆われており冷たい北風が悠々と吹き荒れている。当然、外へと続くこの通路は風も入ってくるわけで十代は先程から身体を震わるしかなく、普段なら寒さも関係ないのにじっと立っている今は非常に辛かった。ふて腐れながらただ行き交う人々を眺めることぐらいしかできなくてつい心の中で文句を付けてしまう。
 そもそもこんな寒い中で十代が待っているのは恋人であるヨハン・アンデルセンが日本へ帰ってくると言ってきたからだ。四時ぐらいには着くはずだ、ともメールには書かれていた。たまたま日本へ帰ってきていたのが幸いだと言わんばかりに十代は喜んだ後、慌ててコートやマフラーを引っ提げて飛び出してきた。しかし二十分を過ぎてもヨハンは姿を現さない。いい加減に痺れを切らしそうな十代に今や十代の半身であるユベルはそっと姿を現して呆れ顔で話かけた。
『いつまで待つつもりだい?』
「うーん」
 十代は珍しく姿を現したユベルにさして驚くこともしなかったがその問いには眉根を寄せて唸る。
「とりあえず、五時になるまでは待つつもりだ」
 応えながらもまたため息を吐いて、寒さに眉を下げた。いつもの元気はどこに行ったのかと聞きたいところだがそれよりも五時を過ぎてもヨハンを待つのだろう主にユベルは心底呆れてしまう。それでもユベルは十代を愛しているのだから問題なんて何一つないのだが。
『さていつになったら来るのかねぇ』
 肩を大きく揺らしながら笑いを堪え、ユベルは十代の中に戻っていった。白い息を吐きながら十代はじっと乗り場の出入口を見つめている。いつ来るかわからない恋人を待ちあぐむ十代だがヨハンは絶対来ると確信していた。自分たちがよく似ているからこその考えだ。
 夕方のエントランスは傾いた夕日に照らされている。人々は乗り遅れないよう走ったり、チケットを求めて待つ間足踏みしたりとそれぞれ違う動作をしていた。十代はそれをひたすら眺めてヨハンを待つ。絶対に来ると信じながら、気持ち半分諦めながら。床に視線をやると清掃員が磨いた床は白く輝いていた。
 それからなんとなく、視線を上げる。出口の端っこに見慣れた髪色を見つけて、十代はそれに慌てて顔を上げた。間違いないのだと分かればあとはもう勝手に体が動いていて自分でも驚く。
「……ヨハン!」
 名前を呼ぶ声が知らず揺れていた。呼ばれて彼はこちらを向く。ほっとしたような表情を浮かべたあと、ヨハンは笑顔になった。出口を抜けたヨハンに十代は飛びつく。無意識の行動だった。
「遅かったじゃねぇか」
「ごめんごめん、雪で出発が遅れてさぁ」
 悪ぶれずヨハンは抱き着いた十代の頭を撫でた。優しい手つきに十代は眉を吊り上げて、「冗談じゃない、寒かったんだからな」と口を尖らせる。それでも全く嫌がるような声音ではなかったのでヨハンは機嫌を良くして微笑んでみせた。
「それで、」
『随分と遅かったじゃないか』
 これからどうする、と聞こうとしたヨハンの声を遮ってユベルが姿を現す。一瞬動きを止めたヨハンにユベルは満足そうに口端を上げた。
「ユベルも、久しぶりだな!」
 ぱっと明るく話し掛けるヨハンを軽く受け流してユベルは妖しく首を傾げる。艶やかな動作は中性的で実にユベルらしい。
『全く、相変わらずだねぇ。本当似た者同士とはよく言ったものだ』
 呆れているのか笑っているのかいまいち掴めないがユベルは少しだけ嬉しそうだった。一番にわかる十代はいつも通りに笑って返す。ヨハンはぽかんと口を開けて首を傾げるがユベルの感情をわかっているのかわかっていないのか「あぁ! 」と笑って返した。端から見れば空中に話し掛けているようにしか見えないのだがそんなことは二人とも関係ない。
「十代、なんか温かいもんでも食いに行こうぜ」
「えっマジ!? 行く!」
 腹が減ったのかヨハンがそう言えば十代はヨハンの腕に自分の腕を絡ませて顔を近付けた。瞳を輝かせている辺り、まだまだ子供のように見える。
「じゃ、行くか」
 そんな十代の唇を奪って、ヨハンは満面の笑みを浮かべた。
「よ、よは」
 顔を真っ赤にする(人前で口づけを交わすことに抵抗がまだあるらしい)十代の腕を引っ張りながらラーメンの幟を探す。十代は引っ張られながらも待っていた間の怒りをとうに忘れて微笑んでいた。
 辺りは暗くなり始めて徐々に街灯の明が点いていく。ラーメンの良い香りを嗅ぎながら二人は店に入っていった。腕時計は午後五時を示している。







2012.1/14

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