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□きっと甘酸っぱい
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 今や「キング」である遊星はすっかり有名人になっていた。


「遊星ってすごいよ、デュエルも強いし頭もいいし機械に強いし! オレも遊星やジャックみたいなカッコイイキングになるんだ!」
「もう、龍亞ったら」
「有難う、龍亞。そう言ってくれるのは嬉しい」

 マシンガンの如く話を飛ばす龍亞に双子の妹である龍可は苦笑いを浮かべ、遊星は柔和な笑みを浮かべた。子供、仲間限定なのかあまり見ない表情だ。

「でも、龍亞の言うこと、私わかるわ」

 遊星ってカッコイイ。

 双子に言われ、遊星は照れた様子で笑った。

「あ、なぁ龍可、新しいコンボ見つけたいんだけどさ、付き合ってくれないかな?」

 急に思い出したかのように龍亞が龍可に話し掛ける。

「うん、わかった」

 彼は龍可の返事にホッと息を吐くと、遊星に向き直った。

「遊星はコンボ見つかったら相手してほしいんだけど……」
「ああ、オレで良ければいつでも相手になろう」

 弱気で問い掛ける龍亞に遊星は微笑み返した。龍亞は申し訳なさそうに下げていた眉を上げ、嬉しいという感情を力いっぱい表現する。すぐに変わる表情は彼らしく、微笑ましい。

「ありがとう、遊星! 行こう龍可!」

 満面の笑みで龍可の腕を引っ張り駆けていく龍亞に遊星は微笑むと、正面に向き直った。龍可の困った声も聞こえたが、彼女もまた楽しそうだ。

「おい」

 だが彼らとすれ違いざまに現れた人物の声はやたら不機嫌に聞こえた。威圧的で高いプライドを感じさせる声は、もう聞き慣れすぎていて不快感もまったく感じない。

「なんだ」
「あいつらとなんの話をしたんだ、騒がしかったではないか」

 彼は手近にあった椅子に座り、テーブルに肘を突いた。多少苛立っている様子で遊星に問い掛ける。遊星はそれをさして気にすることもなく、ごく普通に冷静に答えた。

「デュエルの約束をしただけだ」
「ほぅ」

 デュエルの約束か、と彼は呟くと締まりの悪そうな顔をする。いつもは高圧的でも子供には弱いというところが彼にはある。そこまで強く否定する気にはなれないのだろう。
 遊星は彼、――ジャック・アトラスの優しいところは好意的に見ている。昔からそうだ。マーサハウスにいた頃の幼なじみ三人組の中ではジャックが一番年上で、兄として自分達を守ってくれた。ジャックはそういう人物だ。
 しかし、デュエルとなると落ち着いていられないのがデュエリストというものである。ジャックは口端を吊り上げると遊星を挑戦的に見た。

「ならばその前にオレとデュエルだ。お前とは決着を着けなければならん!」
「……いいだろう」

 二つ返事で遊星もまた挑戦的に笑うとデュエルディスクを構える。

「「デュエル!」」

 こうして二人のデュエルが始まった。


 それからデュエルしている間、有名人同士だということもあって野次馬が大人数集まった。結果的には僅差で遊星の勝利となったわけだが、気付けば龍亞と龍可が先程のテーブルでこちらを待っている。

「すまない、二人とも。待たせてしまったか?」
「ううん、さっき戻ってきたの。気にしないで」

 それに気づいた遊星が謝ると、龍可が首を横に振った。龍亞は先程のデュエルを見てジャックに何か質問をしている。このままだと時間が掛かりそうなほど勢いがある。ジャックもまた高らかに"元"キングの持論を繰り広げていてしばらく戻ってきそうにもない。

「また待たなきゃね……龍亞ったら」
「ふふ、新しいコンボが見つかったようだがあれだとまた探し当てに戻りそうだな」

 そう笑った遊星に龍可は苦笑する。目線の先の兄があまりに楽しそうだからそれを止める理由もなくて、ただこうやって遊星たちといるのも悪くはなく。むしろこうやって遊星と話せるのが嬉しい――なんて思った。

(あれ、私)

 そんな気持ちになったのが可笑しくてそうっと遊星の顔を覗くと彼は柔らかく微笑んでいて、いつもは表情をあまり変えないのに自分たちには見せてくれるその表情がかっこよく見えた。
 龍可の胸が跳ねる。顔がみるみる内に赤くなる。

「龍可? どうしたんだ、顔が赤いぞ」
「わっ」

 不思議に思ったのか遊星が手袋を外してがたついた手を龍可の額に当てた。
 あったかくてドキドキする。こんな気持ち異性には初めてだ。龍可はしゃがみ込み視線を合うようにしている遊星の瞳を見つめるしかない。綺麗な群青色の瞳は真っ直ぐで、見とれる。

「熱はないようだが」

 首を傾げる遊星に龍可は「なんでもないの!」と大慌てで両手を左右に振った。
 あぁもしかしたら、これは初恋というものなのかもしれない。赤くなった顔を触るとたしかに僅かに熱かった。遊星は心配そうにこちらを見ている。無表情のように見えて、その実優しい彼に胸がドキドキして、どうしようもない気持ちに自身が振り回される感覚がする。
(うぅ、龍亞のばか、早く戻ってきてよ)

 でもこれは、きっと淡い初恋なのだ。きっと甘酸っぱい味のする、思い出にいつかなる。




2012.5/8

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