小ネタ集

□夕暮れの町で
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 頼むから、忘れてほしい。


「もう誰も疑わない、疑いたくないんだ。おれはコンラッドを信じる」
 そう言った彼の目は強い決意を示していて、部屋に居ただれもが口を閉じた。彼は一度決めたら引かない頑固さがある。ここで何を言おうともきっと彼はそれを翻さないだろう。けれどもそれが彼のいいところであることも皆分かっていた。
 今は国を裏切り敵国に従う元護衛――そして名付け親をユーリは信じたかった。それは自身の我が儘でもあったけれど何より彼が自分を裏切るわけがないと思っていたからだ。
「おれは、コンラッドを信じてる。コンラッドは、」
 戻ってくる。殴ってでも連れ戻す。
 彼を取り戻す。



 時々思い出す。
 彼の魂が眞魔国に戻ってきたときのこと、彼とキャッチボールをしたこと、彼らと城下街にいったこと。彼の豊かな表情、弟との喧嘩、彼の拗ねた顔。
 だけれどこれは全部、もう過去のことなのかもしれない。国を裏切り彼らに剣を向けた、あの時のことは鮮明に覚えている。彼は酷く悲しそうな顔だった。どうして、と言葉には出さずとも、表情はそう言っていた。
 誰も巻き込むわけにはいかないし、何より自分には箱を見つけるという指命がある。この左腕を持ったときからずっと。この腕がある限り、彼らとともにはいれない。いるわけにはいかない。
 それでも彼は会う度に自分を何度も呼んだ。必死に訴えていた。「帰ってこい」と。それがあまりにも悲しそうな表情で胸が痛む。本当は側に、いたい。
 いっそのこと、彼が俺のことを忘れてくれればいい。そうすればただの敵でしかなくなる。そうすれば楽になるのに。
 きっともう二度と戻れないはずだ。あの暖かい場所には。


 夕焼けが町を照らし出す。





2011.7/8


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