小ネタ集
□先走った気持ちの先は
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大好き、大好き。貴方が好き。好きなの。
だけどもこの気持ちは届くことなく、きっと終わりを告げるのでしょう。そう、私は臆病だから貴方に気持ちも言えない。素直になることが出来ない。
もっと素直になれたらいいのに、すんなり気持ちが言えればいいのに。だけど貴方を前にしたら、そんなことも考えられないぐらいになってしまうの。
◇◆◇
"恋"って、なんだろう。
なんて、あいつの前で言ったらきっと馬鹿にされるから言いたくはない。
「はぁ……」
大袈裟な溜息が出て、自分でも呆れるぐらいだ。何故、俺はこんなことを考えているのだろうか。意味がわからないし、唐突すぎておかしい。
だけど、だけども。
あいつの目の前にいると、ギュッと胸が掴まれたように痛くなるし、顔が熱くなってドキドキして、――ヨザを独占したくなる。俺だけを見て欲しい、そう思うようになっていたのだ。それが何時からかはわからない。ずっと前からだったかもしれない。
「……っ」
何時からか、ヨザックのことを考えるだけで胸が苦しくなった。ヨザックの笑顔が愛おしくなった。それは、家族や友人への感情とは全く違う。
"恋"って何?
何度もその質問を自分に問い掛けている。
「あ〜ら、どうしたの? いい男がそんなに悩んだ顔しちゃって」
それに集中し過ぎて、近付く気配にも気付かなかった。
不格好な女性が明らかに作った仕種で隣に座る。彼女は店の店員に「甘酒を一杯」と頼むと、ニヤリと笑って明るい笑い声を響かせた。橙色の髪を軽く縛って、澄んだ濃い青の瞳を細めるその女性は、俺のよく知っている人物で。
「……っあ」
彼女、を認めた途端、俺は顔が真っ赤になっていくのを自覚した。情けないが、ドキドキしてまともに顔も見れなくなる。
「なんでここに」
「え、だっていつもこの店にいるじゃないか」
まぁ"彼女"といってもただの女装なのだけれども。
幼なじみのグリエ・ヨザックは明るい笑い声で俺の名前を呼んだ。それにさえ、ドキドキして苦しくなる。あからさまにおかしいのだが、ヨザックのことだから来たときから気付いているだろう。
「どうしたんだよ、コンラッド。そんなに悩んじゃって。よかったらグリ江ちゃんが相談に乗るわよん?」
「別にっ! 大丈夫だ……」
冷たいわね――、なんてヨザックが可笑しそうに笑う。素直に相談に乗ってほしいと言えない自分に、俺は落胆した。
「んで――? また弟ちゃんに拒絶されちゃったとか?」
こいつのいいところは、人が嫌だというところを軽く流してくれるところだ。明るく茶化してくれる。そこが彼の好感度を上げる要因にもなる。
「そうではないんだが……」
先程から悩んでいたことを言えるはずもなく、俺は台にうなだれた。気配でわかるのだが、さっきからヨザックはにやにやしているようだ。真剣に悩んでいる俺に対し何だか不謹慎ではないか。
「あら、なぁに? 私の顔を見つめて」
「……とりあえずその女言葉を止めろ、気持ち悪い」
「ひっどぉーい!」
ケタケタ笑う仕種は女だとは思えないが、本人はどう思っているのだろう。
少し伸ばした髪が首に当たって痒いな、と思っているとヨザックは酒を口に運び、座席にもたれた。その一つ一つの仕種にさえ体温が上がるのは何故だ。
「ぅ」
身体が熱い、顔が真っ赤になっているのがばれたらどうしよう……。
俯いて、顔を見られないようにする。酒もまったく進まないし、挙動不審なのは重々承知だ。ヨザックだけにはこんな気持ちになっていることをばれるわけにはいかない。
「どうした? なんかおかしいぞ、コンラッド」
珍しく酔ってるのか、なんて聞くヨザックの顔も見れずに、俺はテーブルに額を擦りつけ、そのまま首を横に振った。ヨザックはどう思ったのか剣胼胝の出来た指で俺の頭を優しく撫でる。
「…………」
その手つきと温もりに胸が締め付けられた。先程からもう何度も胸が痛くなっていた。
あぁきっとこれが"恋"ってやつなんだろう。
身体中が熱くて、ドキドキして。何度も何度も繰り返しヨザックがほしいと思う。
何時も一緒にいて、何度も慰め合って、何度も互いに死線をくぐり抜けて。やがて出来たヨザックに対する思いは、好きだという気持ち。
もう自覚してしまったものは致し方ない。自然と笑みが浮かぶ。身体中、欲求を満たそうと疼きだす。
「コンラッド?」
今だって、またいつ戦闘へ駆り出されるかはわからないんだ。だから少しぐらい、早まったっていいだろう。少しぐらい、順番が飛んだっていいだろう。
「ヨザ」
愛称っ呼び、ヨザックの顔を捕らえて――その唇を奪った。自分がどんな表情をしているかなんて想像するのはたやすい。だからヨザックの頼りになる胸に顔を埋めて自分を落ち着かせようとした。ヨザックもまた驚いているのだろう固まってしまう。
「コンラッド……?」
突然の口づけに、驚かないはずはない。それも酒屋の中でたくさんの人々の目につくところだ。こんなところを目撃されてしまったら周りにどんな反応をされるだろうか。母上は、喜ばれるかもしれないが。
やってしまってから、俺は後悔をした。いくら何でも軽率すぎた、と。
「……ヨザ、ごめん」
慌て離れ、顔を逸らす。
「いや」
ヨザックの声が心なしか嬉しげに聞こえた気がした。
理由は言わなくては、ならない。酔っているわけではなく、しっかりと意識があるのだ。言わなくては。
「ヨザック、その」
次の瞬間、やはり俺はいたたまれず、酒屋を飛び出していた。先程奪った唇の感触がまだ残っているのに感情が高ぶる。どうしようもないことをした後悔と、親友を失うのではないかという不安が拍車を架けて、涙が溢れた。
2010.