小ネタ集

□決意する、その鍵
1ページ/1ページ






「どうして帰ってきてくれないんだろう」
 触れられないアストラルに手を伸ばして遊馬はそう言った。
『遊馬』
 彼が泣いている理由を、アストラルは知っている。彼の両親は今だ帰ってこない。淋しさを押さえていた枷が外れて、遊馬はずっと泣いているのだ。
『君の両親もきっと君のもとへ帰ってきたいはずだ』
 彼らが行方不明になったときの状況をアストラルは知らない。そんな自分が言うのは無責任かもしれないが、遊馬を慰めたくてアストラルは言った。
「なら、尚更父ちゃんも母ちゃんもどうして帰って来ないんだ」
 溢れる涙が遊馬の頬を伝っては零れていく。アストラルは何も言えなくなった。その理由を自分は言えない。言えたところでそれはおそらく正解ではなく、ただの想像でしかない。
「本当は、さ。ずっと帰ってきてほしかった」
 ぽつり、ぽつりと遊馬は喋り始めた。
「でもずっと二人は帰ってこない。姉ちゃんも、祖母ちゃんもいるけどっ! 父ちゃんと母ちゃんがいなくてオレずっとすっげぇ淋しくて悲しくて」
 アストラルはそれを黙って聞き入れる。
「いつか、また家族で笑い合う日が来るってそう信じてるけど。それは本当に来るのかって、怖くなる」
『遊馬』
 目を閉じて俯く遊馬にアストラルは触れようとした。いつもは明るく前向きな彼の涙は止まらない。拭おうとしてすり抜けるこの身体が恨ましい。
「アストラル」
 アストラルの手に気づいた遊馬がその手を取ろうとする。触れられないはずの温もりがそこにあるように思えた。
『私は、君の傍にいる。君の両親が帰ってくるまで』
 遊馬の頬に触れるか、触れないかの辺りで手を沿えアストラルはそっと話し掛ける。
『淋しくなったら、今のように君の傍にいる』
「……」
 月明かりの下で、アストラルは微笑んだ。発光する身体はそれこそすぐに消えてしまいそうで、遊馬は不安になる。その行方は自分のデュエルにかかっているのだ。
「アストラル」
『遊馬、私がいる。だから淋しくなったのなら今のように吐き出せばいい』
 懸命にそう言ってくれるアストラルが嬉しい。だけれど彼をも失うかもしれない現実に遊馬は胸が押し潰されそうになる。
 もっと強くなれば、彼を守れるだろうか。
「……有難う、な」
 吐き出して、少し気持ちが楽になった遊馬はふにゃりと笑う。それと同時に強い責任感が彼を襲った。
『はっ、遊馬! もうすぐロビンの時間だ!』
「……」
 黙ってTVを点けてやると、アストラルはTVの前に座る。それに少し呆れながらも遊馬はハンモックに乗った。すでに遅い時間だ。自分も寝なければ。
 真剣な表情でTVに見入るアストラルを見つめてぎゅっと胸元の鍵を握った。もう、失いたくない。両親も、彼も。傍にいてほしい。強い気持ちを込めて、鍵を握り締めた。






2011.10/29


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ