小ネタ集

□帰っておいで、我が故郷へ
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 わかっていて、彼は命じたのだ。ジュリアの魂を持つのならば箱の「鍵」になるかもしれないということを、彼は知っていたはずだ。
 当然、怒りが湧いた。
 猊下に箱の鍵を持つ可能性のある一族について聞いたとき、気付くべきだった。鍵と魂は繋がっている。だからユーリにも「鍵」となる可能性は十分にあった。
 ずっと側にいるべきだったのか。目の届かない場所にいたばかりに、何も気づけなかった。守れなかった。
 だけど、自分がいなくてもユーリは大丈夫だということもわかっている。いつまでも甘えるわけにはいかない。甘えているのは自分の方だ。眞魔国へ帰るとは決めたけれど――、本当にこれで良かったのか疑問に思う。
「コンラート」
 ふいに掛けられた声に、振り返る。俺の名前を呼んだのは、グウェンダルだった。彼は俺の隣に立つと、柵に手をかけて荒れる海を眺める。
「グウェンダル、何か?」
 彼は俺の問いかけには答えず、無言で俺の手のひらをとった。
「愚か者が」
 呟きは潮騒にかき消された。しかし、俺にはきちんと聞こえている。彼は黙り込んだ。優しい仕草でただ手のひらを撫でる。
「そうだな、……グウェン」
 ちっちゃな声しか応えられない。泣き出したい気持ちでいっぱいだったから。本当に申し訳なくて、それだけで胸がいっぱいで。
「ごめん」
 俺のその言葉に、グウェンダルは無表情に見える顔を上げた。何か言いたげだったが、それでも彼は何も言わない。その代わりに、俺の頭を肩に押し付けて、優しく撫でた。
「グウェンダル?」
「本当に、お前はどうしょうもない奴だ」
 呆れたような言葉。だけど撫でる手つきは優しかった。
「そうだな」
 このままでは泣いてしまいそうで、グウェンダルの胸を押して体を離れさせた。
「グウェンダルは……俺が眞魔国に戻ることを歓迎してくれるのかな」
 冗談半分に、聞いてみる。ちゃんと笑えているか不安だけれど。
 彼はまばたきを数回して、それから考える仕草をした。数分過ぎた頃に、ようやく口を開く。
「無論、それなりに離反の罰は受けてもらう。だが」
 彼は荒波を眺め瞳を細めた。一拍置いて言葉を続ける。
「忘れるなよ。お前を心配する者がいたことも」
 それは貴方も、と聞き返しかけた。
 彼は変わらず海を見ていたがその視線は厳しく、だがどこか親が子を心配するような眼差しでもあった。きっと故郷を見ているに違いない。
 今はまだ、この喜びに浸っていよう。俺のやるべきことはまだ終わっていない。まだ眞魔国には帰れない。説教は暫く後になりそうだ。兄にはすまないけれども。
「知ってるさ」
 貴方も、そうなんでしょう?
 有難う。グウェン。ごめんね。







2011.11/22


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