小ネタ集

□強がりなボクは君と走りたい
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「どうしてオレに構うんだ、放っておいておけばいいだろ!」

 自分でも、馬鹿なことを言ったと後悔する。
 ヨハンは呆然と口を半開きにしたままこちらを見ていた。彼が言葉を発しないことが気まずくて、十代は俯く。うっとしいなんて思ってすらいないはずなのに勢いにまかせて彼を突っぱねるようなことを言ってしまった。
 ああ、本当に酷いよな。ごめんな。
 (このままじゃ嫌われてしまうのに)
 声を出せない。弁解をすることもできない。何も出来ない不器用な自分に唇を噛んだ。 
 そもそも、自分が意地を張りすぎたのだ。だからヨハンは何も悪くなんてない。本当は縋りたいくせして恥ずかしいからと拒否してしまった自分が悪い。体はぎしぎしと軋む。先ほどのデュエルでダメージを受けた結果がこれだ。かっこ悪いことこの上ない。
 ヨハンはそれを知っていてすぐに駆けつけてくれた。「大丈夫か!?」などと過保護なんじゃないかと思うほど気を使ってくれていた。やさしい瞳を痛々しそうに細め、労わるように背中を撫でてくれた。でも、急にそれが恥ずかしくなったのは十代だった。顔に一気に熱が集まって、思った以上に近い顔に息苦しくなって、突き放したのだ。
 わけがわからくなった。こんなことをされる意味がわからなくて、恥ずかしくて。
「放っておいてくれ!」
 だからつい、言ってしまった。彼を傷つけるような言葉を。
 何も言わないヨハンに申し訳なくて、十代の瞳に涙が滲む。こんなこというつもりではなかったのにどうして言ってしまったのだろう。嫌われたのではないだろうか。呆れられたのではないだろうか。思考が暗くなる。床がゆがんで見えない。ここから立ち去りたい。
 ――そう思った瞬間、腕を引かれる。
 慌てて十代が顔を上げるとその腕を掴むヨハンは困ったように笑っていた。肩を抱かれて髪を撫でられる。あったかい。泣きそうだ。
 ヨハンの腕の中はこんなにも温かくて、頭を撫でるその手は大きく優しい。抱きしめられて頭を撫でられるなんて何年ぶりだろう。心地好い温もりも抱きしめられる安心感も、今全部ヨハンが与えてくれている。冷たく突き放したのに、ヨハンは十代を離さない。なんでだよ、って聞きたかったのに声は出せなかった。泣きそうなのがばれたら恥ずかしくてここから消え去りたくなる。
 ヨハンは十代の頭を自分の胸に強く押し付け、背中に回していた右手で力強く抱きしめた。
「ほんと、お前って」 
 ため息と共に出された呆れは最後まで聞けなかった。
 だけど多分、こうだ。
「ほんと、お前って強がりだよな」
 ――そんなの、自分が一番わかっているつもりだ。
 中のユベルが心底呆れたように『どうだか』とぼやいた。きっと子供を心配する親のような表情をしているに違いない。
(本当にどうしようもないやつだよな。ごめんな、ヨハン)
 泣きそうなのを隠すようにヨハンの胸に顔を埋める。
「オレは、十代のこと愛してる。だから放っておけないんだよ。お前は恥ずかしがり屋だからな、オレが何度でもいうぜ!」
 やさしい声音で言い聞かせるようにヨハンは十代の耳元で囁いた。嬉しいのに正直にそう言うのも気恥ずかしくて、十代の口からはまた突き放すように違う言葉が出てきてしまう。
「お前もどうしようもない馬鹿だよ。こんなオレを愛してるなんて言うんだから」
「心外だな」
 まるで明日の天気を話すような陽気な口調でヨハンは返した。
「お前とだからいいんじゃないか」
 口調とは反対に抱きしめられる力があんまりにも強くて、十代は笑う。二人して馬鹿でもいいじゃないか。そう思えてきた。そう思ったら心は軽くなる。
(有難う、ヨハン。こんなオレを愛してくれて) 
 涙が零れたのをヨハンの胸に押し付けて十代は微笑んだ。彼の腕の中は暖かい。まるで自分の意地っ張りを包んでくれるように。ヨハンがいてくれるから自分は戦えるのだ。だから、もう意地を張るのはやめよう。
(オレは、ヨハンと一緒に戦いたい)


 ヨハンの鼓動は激しく鳴っていたのが可笑しくて十代がからかうようなことを言うとヨハンは慌てて言い訳を並べ始めたのだがそれは別の話だ。





2011.11/29


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