小ネタ集

□HAPPY BIRTHDAY 2010 ―Yuri―
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「もしも、って思うんだ」
 何も言わず名付け子の話を聞いていた。いつも通りに。
「もしもあんたがお袋と会ってなかったら、おれってどんな名前だったんだろうって」
 そう言った彼は小難しい顔をしていた。「でもさ、」と小さな声で続ける。コンラートはユーリを見つめた。ユーリの真っ直ぐな瞳がコンラートの瞳を捕らえる。
「正直、思い浮かばない。渋谷有利っていう名前以外なんて思いつかないんだ」
 ユーリはわずかに顔を赤くして、そう言った。コンラートはそれに微笑んで、ユーリが言葉を紡ぐのを待つ。
「こんな漢字付けられたのはちょっと嫌だけどさ。でもおれはこの名前の響き、けっこう好きなんだよな」
 それに、
「いい由来だって思ってる」

 夏を乗り越えて強く育つから、七月生まれは祝福される。俺の故郷では七月は『ユーリ』と言うんです。

 何度も母に教えられた言葉を思い返し、ユーリは笑った。
 外は太陽に照らされ、とても暑い。風は止んでいて、暑さはさらに厳しくなっている。
「コンラッドの名前も、好きだなぁ」
 彼は思ったことをそのまま言っているようだ。コンラートはくすぐったい気持ちになって、やがて堪え切れなくなり、くすくすと笑い始めた。
「コンラッド?」
「ユーリ」
 ぎゅうっと抱きしめるとあったかかくて気持ちいい。コンラートはユーリの頭をゆっくりと撫でて、髪の毛に口元を埋めた。
 夏の暑さは容赦がない。ただでさえエアコンもないのにこんなにくっついていては、いくら屋内だとはいえ堪ったものではない。ユーリは困ってコンラートを見上げた。
「俺も、自分で言うのもなんですが――ユーリの名前、好きですよ」
 だけれど気づいていないのか、コンラートが涼しげに言う。軍人として訓練したからなのか、恨めしいほど爽やかだ。
「うぅ……」
 ユーリは暑さにうな垂れた。いくら日に焼かれ動き回る野球小僧といえども、暑さには敵わない。
「……ユーリ?」
 ようやく気がついたのかコンラートはユーリを開放した。ユーリはふらふらと机にだらしなくのびる。
「あぢぃ……」
「すみません、何か冷たい飲み物でも持ってきます」
 慌てたようにすぐに出て行こうとするコンラートの姿をぼぅっと見ているとなんだか彼がこの部屋からいなくなることに億劫になった。
「コンラッド」
「はい」
 振り返ったコンラートの顔は少し幼いような、そんな顔をしていた。
「ここにいてくれ」
 まるで子供だ。自分の言葉にがっくりくる。今日で何歳になるのだっけ。
 コンラートは微笑んだ。それは慈愛に満ちていて、いつまでも子供を子供と見る親のような表情だった。彼は侍女を呼ぶと、彼女に何事か言ってまた戻ってきた。きっと冷たい飲み物だろう。
 ゆっくりと頭を撫でられる。先程もやられたが、コンラートの手は優しく、心地いい。
「HAPPY BIRTHDAY、ユーリ」
 優しい声は、祝福の言葉を紡ぐ。
「ありがとう……」


 どうか、これからも貴方が健やかでありますように。



END


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