小ネタ集

□夏生まれの君へ、太陽の花を
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 もっと素直になって、一歩踏み出したいのだ。
 ただ、彼の前となると一気に恥ずかしさに負けてしまう。何故自分はこうもプライドが高いのだろう。何も恥ずかしいことなんて、ない。それなのに。
 低く唸って俯く。また考えが回ってゆく。


 無限ループって怖くねぇ? 


 婚約者の言葉を思い出して、ヴォルフラムは本日幾度吐いたかわからないため息を吐いた。
 何故こんなに悩んでいるのか、自分でもわからなくなってきていた。素直に祝いたいのと恥ずかしいのとで板挟みだなんて。なんて酷い弟なのだろう。しまいにはこんな考えが浮かんでくる。
 思えば昔は兄の背中を懸命に追い掛けて、必死に付いて回っていたような気がする。懐かしく、そして遠い思い出だ。
 時間はたしかにたくさんあるが、このままでは一気に過ぎ去ってしまいそうだ。その日になっても悩んでいたら祝うことなんて出来ない。
 次兄のことをずっと拒絶していた自分が、彼の誕生日を祝っていいのだろうか。
 ジリジリと熱く体中を照り付ける太陽が恨めしい。


『夏を乗り越えて、強く育つから七月生まれは祝福される。
コンラッドがそう言って付けてくれた名前だから、好きなんだ』


 ユーリが何処か嬉しげに語っていた言葉をふと思い出した。夏を乗り越えて強く育つから、七月生まれは祝福される――。それはコンラート自身も、父から何度も聞かされていた言葉だという。
 彼らがそうなら、自分も「何か」を乗り越えて、彼らの傍にいられるように強くなりたい。置いていかれるかもしれないぐらいなら、傍にいたい。大切な人の誕生日を祝うことをしないなんて、それこそ情けないことなのではないか。
 初めて拒絶してからずっと、彼の誕生日を祝うことを出来なかった。今変えなければ、いつまでも同じことに悩むだけだ。恥ずかしいなんてことはない。家族の誕生日を祝うことは当たり前のことなのだ。昔は毎年祝っていたし、兄が大人になっていくのはとても嬉しかった。自分の気持ちに素直だった。
 そういえばユーリの住む地球でも、誕生日には贈り物を贈るという。――何を贈ろうか。


 ――太陽の花を贈ろう。


 同じ夏を乗り越えて咲く、美しい花を。


 花壇に向かって歩き出す。
 まだ日にちはあるけれど、なんだか待ち遠しくなってきた。自然と笑みが浮かぶ。
 心は澄んだ青空のように晴れやかだった。口ずさんだ歌は、幼い頃、共に歌った歌だ。
 きっと言えると思う。


『誕生日おめでとう』


 伝えたいと、思った。


 自分の気持ちを素直に伝えたら、彼は喜んでくれるだろうか。僕の大好きな笑顔で笑ってくれるだろうか――? 





―END―


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