Present

□月夜の逢瀬
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静寂の広がる空を彩る星が燦然と幾千万もの輝きを魅せ、その中心に少し欠けた月が穏やかに辺りを照らす、夜空の綺麗な夜。最近眠れない夜を過ごしていたナナシチャンは、夜中に教団をウロウロと出歩くことが日課になっていた。今日も今日とてぼんやりと辺りを徘徊していたのだが、ふと見上げた夜空が目を見張る程綺麗だったので、空が一望出来る場所で一人夜空を見上げていた。季節柄、鈴虫のその名の通り鈴を転がす様な音色を聴きながら、飽きることなく空を見上げていた。そんな時、ふと目の前の下方に広がる森から何やら微かな音を捉え其方へと目を凝らせば、どうやら誰かが何かをしているらしい様子が目に入った。あれは…。


『神田だ…』


10cm程の大きさでしか見えないけれど、それは正しく神田だった。どうやら鍛練をしているらしい。なんでまたこんな夜中に、とも思ったが、それは自分も同じなので敢えて何も考える事無くその姿を眺める。それにしても、よくやるなぁ。エクソシストたる者、いつ如何なる時も鍛練を怠ってはならない。何てことは百も承知だけれど、ナナシチャンは違う。毎日毎日、鍛練ばかりしていては気が滅入ってしまう。だから時には休息も必要。それがナナシチャンの考えだ。若干、堕落したようにも聞こえるかもしれないけれど、ナナシチャンは神田程鍛練が好きではないだけであって、別に鍛練を全くしていない訳ではない。やるときはやる。それで十分だと思うだけで。


『…髪長ーい』


男性にしては珍しい長髪。それが、神田が動く度に揺れて、少しだけ羨ましく思ってみたり。かと言って、伸ばす気もないけれど。いや、伸ばしたいけど伸びるまで我慢出来ないと言うのが本音だったりするが。神田は何で伸ばしてるんだろう。彼程短気な人間はいないだろうに、不思議だ。まぁ、きっと切るのが面倒とかなんとか、そんな理由何だろうけど。ナナシチャンとしても、あそこまで男で長髪が似合う人間は居ないだろうと思うし、何より神田は長髪だから神田と言うのがあるので、寧ろこのまま伸ばし続けてみて欲しいとも思ってみたり。


『………!』


え、気付かれた?静かにジッと神田を見ていれば、不意に動きを止めた神田が此方を見たことで、反射的にしゃがみ込んで隠れる。滑稽すぎるぞ私。なんて思いながら、驚きと動揺から早くなった鼓動を鎮め数秒間動きを止めた後、そっと神田を伺い見る。すると、何事も無かったかの様にまた鍛練を再開していた神田に小さく安堵する。こんな遠くに居るんだから、いくら神田でも気付く筈ないよね。幾分か落ち着いた心臓に手を当てて、今日はもう寝ようとナナシチャンはその場を後にした。






翌日、いつも通りに起床して朝ご飯を食べるべく食堂へ向かえば、そこにはもう既に蕎麦を啜る神田の姿。昨日見た限りではかなり遅くまで外で鍛練をしていただろうに、よくこんな朝から起きられるものだ。神田より先に寝に入った自分でさえ、欠伸をかみ殺していると言うのに。ちゃんと寝てないから睡眠不足ですぐキレるんじゃないの?なんて思ってみたりしながら注文を済ませると、ほんの二、三分で出て来たマイ朝食を手に神田の元へ。


『神田、おはよう』

「………ああ」

『ここ、座っていい?』

「駄目だっつっても座るんだろ、お前」

『もちろんです』


呆れ顔の神田に笑いながら答えると、隣の席に腰掛ける。神田が最も毛嫌いしているのは教団内でもアレンだけなので、しつこく攻め続ければ割と受け入れてくれたりする。と言っても、憎まれ口は相変わらずだけれど。だけど、それでこその神田なのであって、もし神田が快く受け入れてくれたりしたなら、ぶっちゃけ逆に引く。もしくは、変なモノを食べたんじゃないかと心配になる。きっと教団中が。そしてそんな神田を治す為に科学班がこれまた変な薬でも作り出すに違いない。


「…何笑ってんだお前」

『え、あ、…何でもない』


ふとそんな有り得もしないことで色々と想像してしまい笑ってしまっていた様で、その想像の発端である神田に訝しげに問い掛けられて我に返った。うん、これでこそ神田だ。安心した。笑顔の神田も好きだけど、やっぱりそれは時々、本当に時々だからこそ価値のあるものだと思うのだ。


「ご馳走さん」

『え、もう!?』

「……………」

『早いなぁもう…』

「……………」

『………、行かないの?』

「…行って欲しいのかよ」

『え、』

「チッ…」


お箸を置いてお茶を飲み干した神田が、何をする訳でもなく無言で座っていたので、いつもなら食べ終わったら直ぐに席を立って行ってしまうのに今日は行かないのかと疑問に思いふと問い掛ければ、不満一色の声色で呟くと舌打ちを残して席を立って行ってしまった神田。もしかして、待っててくれようとした…?そんなまさか、と思いながらも先程の言動から推測すると、きっとそういう事なんだろう。わ、分かり難すぎるぞ神田!何そのツンデレ加減、もっと分かり易くデレてよね!しかし、今更気付いても後の祭り。もう既に遠くを歩く神田の背中を眺めながら、小さく溜め息を吐いた。





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