Present

□月夜の逢瀬
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あの日の夜に神田を森で見付けてから、ナナシチャンは毎晩の様に同じ場所で同じ様に鍛練をする神田を眺めていた。最早これが最近の日課になっていたり。今日も今日とて、眠れないからという大義名分の元あの場所へ向かう。他人が鍛練する様を見て、何が面白いのかと訊かれたら言い淀むけれど、ナナシチャンにしてみればその対象が神田であることに意味があったり。確かに面白いものではないけれど、神田だから見ていたいのだ。


『…あれ?』


さぁて、今夜も神田観察と行こうじゃないの。なんて思いながら森へと目をやるものの、目当ての神田が何処にも居ない。もしかして、今夜は鍛練しないとか?もしくは別の場所にしちゃったとか。じゃあ探しに行こうかと悩みながら、今夜も綺麗に輝く星を眺める。今夜は満月か。ふと目に止まった月が真ん丸なことに気付いて、そう言えばもう直ぐ十五夜だなと思う。月見団子って言ったらアレンが喜ぶだろうなぁ。


「オイ」

『食いしん坊だからなぁ』

「…オイ、ナナシチャン」

『寄生型も大変…って、!?』

「……………」

『か、神田!?』


まさかの神田登場に目を丸くする。ある意味、今月並みだわ私の目。って、んなボケかましてる場合じゃないか。と言うか、独り言聴かれた!恥ずかしい!目の前の神田は不機嫌顔でナナシチャンを見る。しかも無言で。って、今更だけど何で此処に神田が!?いつもなら此処から見える場所で鍛練をしている筈なのに。今日もそれを見に此処に来た筈なのに。居ないと思ったらこんな所に居るなんて。一体どうして?


『な、なんで此処に…』

「…お前は毎晩此処で何してんだよ」

『え、』

「気づかねぇとでも思ったか?」

『!』


もしかしてもしかしなくても、気付かれてた?だとすると、いつ気付かれたのだろう。そう疑問に思った時、ふと初日に目が合った事を思い出して脱力。初っ端からじゃん私!朝や昼間に会っても何も言ってこないものだから、てっきり気付かれていないとばかり思っていた。いや、そもそも神田が自分から言う訳ないか。それくらい気付けよ私!


「…眠れねぇのかよ」

『え…?』

「眠れねぇのかって訊いてんだ」

『あ、はい!眠れないんです!』

「…来い」

『え…、あっ、ま、待ってよ!』


まさか神田からそんな質問をされるなんて思いもしていなかったが為に固まっていれば、少し怒気混じりにもう一度問い掛けられる。焦りながらついつい敬語で答えれば、それを聞いて短く着いて来るようにと告げた後、踵を返して歩いて行ってしまう神田。一体何処に行くんだろうと思いながら着いて行けば、着いたその場所は少し開けた空間のある森の中。此処に何かあるのだろうか。


「上」

『上?、…わあ…!』


促されて見上げた場所に広がっていたのは、一面に広がる綺麗すぎる夜空だった。建物の中から見ていたのとは違う、なんだか圧倒される感覚。視界一杯に星が散りばめられて、燦然と光り輝いている。今までもずっと綺麗だ綺麗だと思っていたけれど、此処から見る星空は本当に綺麗。今にも落ちてきそうな星たちから目が離せないまま、夜空へと釘付けになっていれば、ふと視線を感じて隣へと目をやる。そしてその瞬間、心臓が止まるかと思った。何故ならあの神田が、此方を見て普段見せることのない微笑を浮かべていたのだから。


「…ナナシチャン」

『っ…、は、はい?』

「眠れねぇなら言いに来い」

『え、』

「遠くからじゃなくて、近くに来い」

『!』

「…気になって鍛練もまともに出来やしねぇ」


それは、つまり。眠れないなら眠れるまで、神田の傍に居ても良いと言うことなのだろうか。神田はずっと、遠くにいた私を気にして居てくれた?その事実が嬉しくて、勢いよく神田に抱き付いた。突発的なその行為に僅かに驚きの声を発した神田だったが、その後ゆっくりと優しく背中に回された腕に笑みを漏らすナナシチャン。私、バカだ。見てるだけで満足してたなんて。神田の傍はこんなにも、温かいのに。


『…私、神田が好き』

「!」

『すっごい好き!』

「…バカ、知ってる」


小さく声を漏らして笑った後、優しげな声色で告げた神田に一層愛しさが増す。ギュッと抱き締めれば優しく抱き締め返してくれるその腕は、何より愛しい彼のモノ。普段なら絶対言わないだろう台詞も、不器用にも心配してくれる言葉も、何もかもが嬉しくて大好き。それを伝えたとしても、余裕綽々としているだろう神田だけど、それで良い。それが良い。だってそれでこそ、神田なんだから。私が好きになった、神田なんだから。









月夜の逢瀬








(好き好き好き!)
(何回言う気だ…)
(神田が言ってくれるまで)


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