Comes Up

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「醤油ちょうだいよー…アレ?」


壁を通り抜け、お隣サン宅へお邪魔すれば電気もつかない真っ暗な空間だった。
暗闇の中には、いつもソファーに座って居る筈の白い彼が居なかった

今までは、必ず居たその姿が今日は無い事にがっくりと肩を落とした


「醤油欲しかったのに」


唇を尖らせ、主が居ない部屋に勝手にソファーへ座り込むトモ
彼女は、好物の醤油のかかっていないたまごかけご飯を口に運んだ。


「やっぱり一人は寂しいね…」


電気も点かない明かりのない部屋でトモの声は暗闇へと消えていく

誰も聞き取る事の無い呟きにトモは孤独感を久しぶりに感じた。



『あの、』


声は聞こえる。
だが、姿が見えない
声を掛けられた人は、空耳かと特に気にもせずに去って行く

宙を舞い、触れられず行き場の無くなった自身の手


『ハンカチ落としましたよ…』


誰も拾うことの無い声は、人混みへと消えていく

八年。
長い長い孤独を味わった
姿が無い彼女は書庫から削除された

彼女を知る者は、彼女が欲しい…いや、能力が欲しい研究員だけとなった


『いいなぁ』


前を通り過ぎて行くごく普通の女子中学生二人組
他愛もない会話を楽しそうにしている

ただ普通の事でもトモにとっては羨ましかった

人殺しなんてしたくない。
能力の悪用なんて嫌だ。


『心の問題、か…』


もう二度と悪に手を染めたくなかったトモの能力は暴走した。

自身を透明へと変える能力
暴走したトモは、透明になったまま戻らなくなった
誰にも姿を映してもらえない透明人間へと


『誰か助けて…』


彼女の叫びは誰にも届かなかった。


――――


「こんな事考えてたら、また透明サンになっちまうぜ!」


私の興味はいつしか研究員から離れた。
何でも、新しい実験が始まったとかで

それは、唯一の心を許せたあの人が教えてくれた
色んな研究員の中でも彼女だけは私の味方で居てくれた…と思う。


「よっしー元気かなぁ」


久しぶりに思い出した過去に何だか笑けて来た

今は、人に触れられ、話せる
行きたかった喫茶店にだって行ける
身体を張れば助けてあげる事だって出来る
今まで出来なかった事、何だって出来るんだ


「影薄サン早く帰ってこーい」


マイナス思考に走ると、どうしてもナーバスになる
今はそんな時間さえ勿体無く感じる

頭を左右に振り、考えを飛ばしていると玄関からガチャリと開く音が聞こえた

扉が開き、暗闇の中でも存在感抜群の白い髪に赤い目。
それに向かってトモは走り出した


「おかえりー!あくせ…」

「おまッ…」


誰も居ない筈の部屋から走り寄る者一名。
抱き付く勢いで走り出したトモは言い終える前に、元来た道へと戻る
正確には向きを変えられ後ろへ飛ばされた

突然のトモの登場に流石の一方通行でさえ驚き、止めの言葉を投げる前にトモが後ろへ飛んで行くのを見送った


「ナニやってンですかァ!?」

「私を殺す気ですかぁ!?」


ズンガラガッシャーン。
と、テーブルを引っくり返す音がする筈だった
が、トモは危険を察知し自身を透かして物にぶつかるのを避ける

ベッドにボフッと音を立てて着地し玄関に立つ一方通行を見た
トモは、厄介な能力めと恨めしそうに呟いた


「ドコの泥棒だァ?」

「お隣の醤油泥棒参上!」

「参上してからどンくれェ居座ってンですかァ?」

「30分ぐらい?」


別にトモが居座る事についてはどうでもいい。
だが、主の居ない家に勝手に上がり込み三十分もの間よく居れたものだ

ご丁寧にご飯を食べた跡がテーブルの上に広がっていた

自分の家で食えよ。
一方通行は素直にそう思った


「居ないから醤油ナシでたまごかけ食べちゃったじゃん!」

「そもそも醤油なンてモンは存在しねェよ」

「アナタの家は本当に生活感のカケラがゼロだね!?」

「オマエは女のカケラがゼロだろォが」


確かに調味料片手に料理を作る一方通行は想像出来ない。
対するトモは、夜ご飯にたまごかけご飯を作る
家庭もクソもあったもんじゃない
ご飯に卵をかけ、調味料をふりかけるだけの誰でも出来るもの


「これから女の子になって行くから大丈夫!」

「勝手に言ってろ」

「そんなこと言って〜私に惚れんなよ?火傷するぜ」

「どの口がンなバカ台詞吐いてンだ、クソが」

「このくちー!今の台詞一回言ってみたかったんだ」


あの漫画のね〜とトモは、その台詞を言った登場人物について語り出した。

毎日毎日楽しそうに話す彼女に一方通行は視線を反らした
その日の出来事や調味料一つにしても借りに来たり
何も用が無くてもやって来ては、一人でベラベラと喋る
それこそ違和感なく居座っているから、それもまた微妙な気持ちだ

実験の毎日を送る彼。
だが、トモが居る時だけは、妙に自分が普通の一般人に思える


そんな有りもしない自分に何とも言えない彼独特の笑みが零れた


「人の話し聞いてるのかね?ってことでコンビニ行こうよー」

「腐った男が腐った台詞吐いてンだろ?つか、オマエの‘ってことで’は、いつも繋がってねェンだよ」

「言葉の文って言うものさッ!」

「知ってる言葉吐いてンじゃねェぞ、ってオマッ…学べよなァ」


ベッドから立ち上がり、一方通行の手を取って玄関に向かいたかったトモ

だが、それは叶わなかった。

先程と同じ様に向きを変えられたトモは、これまた先程と同じ様に回避し自分の部屋へと透けて行った

姿を消し、帰って行ったトモに呆れた一方通行
それについさっき帰宅したばかりの彼は、外に出る気など無い

諦めただろうと思ったが、バタバタと足音が聞こえる
珍しい登場をしたトモは、能力を使って侵入したのではなく、普通に玄関扉を勢い良く開けて再び現れた


「私と一方通行って相性抜群じゃない?被害を受けないトモちゃん天才!」

「テメェは一回死にてェらしィなァ」


扉を開けるなり笑顔で言うトモに一方通行は、珍しく一瞬だけ目を丸くした。

一方通行の能力を理解しているのかいないのか
色んな意味を込めた言葉を零した


「一回死んだから、もう死なないよ」


笑顔の裏には、先程思い出していた過去がちらついていた。

言葉の意味を理解出来ない一方通行は片眉を吊り上げた


「早くお菓子の調達行こって!夜はこれからさッ」


そんな彼を気にする事もなく、勝手に今からの予定を決めるトモに一方通行は更に片眉を上げた
玄関先でぶーぶー言い、きっと一緒に行くまでぶーぶー言い続けるつもりのトモに、舌打ちをし一方通行は重い腰を上げた


ってことでコンビニ
(お菓子買って徹夜ゲームね!クッパ一緒に倒して〜)
(オマエが居るとバカになる)
(褒めてくれてありがと!)
(…どォいたしまして)



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