「あ、これって…」

まだまだ寒さの続く、早春の庭。

しかし早起きな少女は朝から散歩していた屋敷の敷地内で、可憐に咲く小さな白い花を見つけた。

それは、“天使からの贈り物”や“春を告げる花”とも呼ばれる、


「スノードロップ、ですね」

少女の脳内の言葉を、後ろから聞こえた声が引き継いだ。

振り返れば、燕尾服の執事が立っていた。

「おはよう、セバスチャン」

「おはよう御座います」

柔らかな微笑で挨拶を返す執事。

少女は同じように微笑んでから、足下に咲くスノードロップへと目を向ける。

「知ってる?セバスチャン。スノードロップは雪に自分の色を分けてあげた花なの」


少女が育ったドイツでは、こんな言い伝えがあった。

昔、神が花に様々な色を授けた事で色とりどりの花々が生まれた。

だが、神から色をもらっていなかった雪が花に色を分けてくれと頼んだところ、どの花も雪の冷たさを嫌ってそれを断った。

その時唯一、雪に色を分けましょうと名乗り出たのが、このスノードロップなのだ。




「だから、この花だけは雪の寒さの中でも咲く事が出来るんだって」

優しい話よね、と言って少女は執事を振り返る。

「私も、そんな風になれるかしら」

「貴女が望むなら色だけと言わず、私は全てを捧げますよ」

「え…、あっ、違うのセバスチャン。私は、雪じゃなくてスノードロップみたいに、何かをしてあげられるような人になりたいなって…」

恥ずかしそうに、そして健気に笑う少女に、執事は内心愉悦に浸っていた。

確かに、例えるならば少女は純白の花だ。
汚れのない、真っ白な。

しかし、色を持たずどの色にでも染まる可能性のあった雪こそ、どちらかと言えば今の少女の状態に近いだろうと。



「では、私にも貴女の優しさを分けて頂けますか?」

速やかに距離を詰めて、執事はそのまま少女の頬を撫でてから口付けた。

「っ…、」

柔らかなそれが驚きと羞恥で震える初々しさを感じながら、セバスチャンは深く口付ける。

暫くすると、少女の華奢な体は燕尾服の中で縋るように抱きしめられる。

それに、更に悪魔の愉悦が高まる。

色に、染められているのはどちらだろうか。

きっと少女は、悪魔が優しく微笑み続ける限り、気付く事はないだろう。

燕尾服の悪魔が瞳の奥で微笑したのを、純白の小さな花だけが見ていた。



貴婦人と悪魔とスノードロップ

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